群雄割拠

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    五代十国 宋 元 明

    1: 名無し 2007/01/29(月) 12:00:51 ID:BhEsbDuv0
    サルフの戦いは1619年、遼東に後金を建国したヌルハチが、明より発せられた討伐軍を破った戦い。全軍を4つに分けて後金を包囲攻撃しようとした明軍に対し、ヌルハチは迅速な機動によって明軍の各部隊を各個撃破することで、自軍に数倍する大軍を打ち破った。

    最初の大きな戦闘が撫順東方のサルフ(薩爾滸)で行われたために、戦役全体がサルフの戦いと呼ばれるようになっている。 この戦いの勝利は、後金(後の清)隆盛への第一歩となった。

    【【ヌルハチ】サルフの戦い【開国の決戦】】の続きを読む

    1: 名無し 2011/12/15(木) 23:17:06.53 ID:x1FTABBO0
    中国史上の大発明は大半が宋代に出現した?―中国

     中国人ブロガーが、「中国史上の大発明は半数以上が宋代に出現した?」と題した記事で、造船技術をはじめとする当時の高度な技術を紹介している。中国のブログサイト・鳳凰博報に掲載された。以下はその内容。

     中国の発明した紙、印刷術、火薬、羅針盤の四大発明は世界に大きな影響を与えたが、紙以外の発明は宋の時代に深く関わっている。紙幣、紡績、磁器、シルク、製麺、航海、造船、医薬、農業の分野でも、宋はかつてない高レベルの科学技術を有していた。

     当時西洋で最も豊かだったイタリアのヴェネツィア商人たちは、マスト6本、甲板4層、帆12枚、1000人以上を載せた中国の商船を見て驚嘆したという。正確な航海図を所有し、幾何学や天文学、磁石の使用に熟練した乗組員たちは世界の果てに行く道を見つけ出すことができた。

     1987年に広東省陽江の海域で引き揚げられた宋代の沈没船「南海1号」は全長30.4メートル、幅9.8メートル、マストを除く高さは約4メートル、排水量は600トン、積載量は約800トンに達する。 南海1号は「海上の敦煌」とも呼ばれ、その価値は兵馬俑にも匹敵するという。

     1000年近くも海底で形を保っていたのは水密隔壁技術によるものだと考えられるが、1840年、イギリス最新鋭の軍艦ですら帆は4枚、定員は約200人だったのだから、驚くべきことだ。

     1000年前、イタリア人は中国の麺を参考に現在のパスタを発明した。
    南宋時代、最先端の織機は1800以上の可動部品からなり、一部の技術は現代でも再現できない。それにより宋代のシルク工芸は実用から細密化に向かって発展していった。

     だが、人類の歴史にはいつも残酷な一面が伴う。先代の生み出した文明の多くは、
    戦乱のために、元のまま現代まで伝えられることはなかったのである

    【高度な技術や文化を有した宋は何故こっぴどいバッドエンドを迎えたのか?】の続きを読む

    50名無し 02/01/05 06:43
    ちなみにこの時代で、私の好きな人物も、やはりダントツで馮道なのですが、意外と悪役に見られ勝ちな、朱全忠もプチ曹操みたいで好きです。でも、唐室を絶やしてしまった。と言う点では心象は悪く成らざるを得ません。 

    その点、後周の元皇族を家訓にまでして保護した宋は、良いと思います。(中国史の中でも、前王朝の皇族を保護したのは、三国魏と、宋だけですよね?) 

    この時代も、某歴史ゲーム会社がゲームの題材にしてくれないかな?なんて思います。(三国志とは別に)そうすれば一気にメジャーに成るでしょうね。

    【五代十国時代を語ろう! ~好きな人物~】の続きを読む

    252: 名無し 2006/12/17(日) 12:08:13 0
    現在でも日本海は日本の守備にとって10個師団の価値がある 
    と言われているのに13世紀の軍隊に島国をとるなど無理、兵站が続かない 
    文永の役で緒戦でいきなり矢がつきたことからもわかる

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    128: 名無し 2006/11/14(火) 14:04:04 O
    日本は暴風雨がなければ撃退できたかどうかわからないし、モンゴルの本軍や騎馬部隊と戦ったわけでない 

    マムルーク朝のバイバルスがモンゴルの騎馬部隊を撃退したのは有名だが、他にもモンゴルの騎馬部隊を撃退した例はわりとある 

    1284-85年 
    ベトナムの大越が元軍を撃退 

    1287年 
    再度、侵攻してきた元軍を大越は撃退 

    1296年 
    タイ北部のタイ人のムアン(小王国)八百熄婦、元軍を撃退 

    1300、01年 
    ミャンマーのパガン朝は瓦解したが、チャウセの地方領主を中心に2度にわたる元軍の侵攻を撃退 

    1282年 
    占城ヴィジャヤに元軍は海路侵攻するが撃退される 

    1293年 
    ジャワのクディリ朝に元軍侵攻しクディリは陥落するが、前王朝シンゴサリの娘婿のウイジャヤが元軍を撃退し、マジャパヒト王国建国 

    1241年 
    ポーランドへ侵攻し南下してきたモンゴル軍の一部がオーストリアのノイシュタット要塞を包囲するが、皇帝フリードリヒ2世の息子エンツォ率いる神聖ローマ帝国・シチリア王国軍が救援し、モンゴル軍を撃退

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