群雄割拠

歴史・スポーツ・将棋の記事を中心にまとめています

    谷川浩司

    3: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2017/06/26(月) 23:58:51.37 ID:HZ2rks2ap.net
    こいつの凄さ野球で例えてくれ
    【加藤一二三→神武以来の天才 羽生善治→天才 谷川浩司→光速の寄せ  藤井聡太→??】の続きを読む

    1: こてこて鍋φ ★ 2014/01/11(土) 05:05:05.51
    将棋の永世名人の資格を持つ谷川浩司九段(51)が10日、
    名人挑戦者を決める順位戦のA級から初めて陥落した。
    A級在籍は名人在位5期を含む32期連続で途絶え、B級1組へ降級となった。
    A級に32期連続で在籍したのは歴代2位の記録で、
    1位は故大山康晴15世名人の44期連続。

    谷川九段は7日の第72期A級7回戦に敗れ、1勝6敗となった。
    下位グループの行方尚史八段が9日の同7回戦で4勝目を挙げ、
    屋敷伸之九段が10日に3勝目を挙げたため、
    2局を残して降級(枠は2人)が決まった。

    1976年、プロ棋士に。
    82年A級昇級、83年に史上最年少の21歳で名人となり、
    通算27期のタイトルを獲得。
    2012年12月、日本将棋連盟会長に就任した。

    順位戦の最高クラスであるA級(10人)に在籍することは、
    トップ棋士の証とされている。

     ▼谷川浩司九段
    前期(第71期)の成績がよくなかったので、今期はある程度覚悟していました。
    来期はB級1組で頑張りたいと思います。
    【【将棋】永世名人の谷川浩司九段がA級から陥落 在籍32期連続で途絶える 第72期将棋名人戦・A級順位戦】の続きを読む

    10: 名無し募集中。。。 2013/12/07(土) 10:04:08.47
    ま、50代でB1でも充分すごいわけだが
    【【悲報】天才将棋棋士の谷川浩司が今期でA級から陥落してしまいそうな件……】の続きを読む

    4: 【中国電 65.7 %】◆fveg1grntk 2013/09/07(土) 13:10:17.70
    会長の署名が入った賞状を会長が受け取る(かも)
    【 【将棋】達人戦 決勝 羽生善治三冠 vs 谷川浩司九段】の続きを読む

    1: 五十京φ ★ 2012/12/25(火) 14:35:21.39
    日本将棋連盟は25日、東京・千駄ケ谷の将棋会館で理事会を開き、
    専務理事の谷川浩司九段(50)を新しい会長に選出した。
    18日に米長邦雄・前会長が亡くなり、空席になっていた。任期は来春まで。

    谷川氏は神戸市出身、在住。日本将棋連盟によると、
    日本将棋連盟関西本部所属の棋士が会長を務めるのは初めて。
    昨年、専務理事に就任し、米長氏の補佐役を務めてきた。
    今後は昨年、公益社団法人化した組織のかじ取り役として、
    連盟の財政難などの諸問題に取り組む。

    記者会見した谷川氏は
    「実は、1年半前に日本将棋連盟の役員になった時、米長先生から
     『2年後か、遅くとも4年後にはバトンを渡すから』と言われていたが、
     こんなに突然とは思わなかった。
     現役棋士でもあり、米長先生のようにいかないかもしれないが、
     ファンを大切にした米長先生の遺志を継いで
     将棋界の発展に全力で尽くしたい」
    と話した。

    谷川氏は1983年に史上最年少の21歳で名人位を獲得。
    十七世名人を名乗る資格を持ち、現在も名人挑戦権を争うA級順位戦に在籍している。
    【【将棋】日本将棋連盟、新会長に谷川浩司九段を選出「米長先生の遺志を継いで将棋界の発展に全力で尽くしたい」】の続きを読む

    1: 名無し名人 2018/10/01(月) 16:19:15.06 ID:OHHYpl3f.net
    将棋の谷川浩司九段(56)が1日のテレビ棋戦で勝利し、
    史上5人目となる公式戦通算1300勝を達成した。
    1976年12月、中学2年でプロになって以来41年9カ月。
    到達年数は羽生善治竜王(48)に次いで第2位、勝率は第4位の6割1分。

    歴代の達成者は、
    (1)大山康晴十五世名人(故人)=1433勝
    (2)羽生善治竜王     =1412勝
    (3)加藤一二三九段(引退)=1324勝
    (4)中原誠十六世名人(同)=1308勝。


    谷川九段の切れ味鋭い寄せは「光速の寄せ」の異名を持ち、
    名人5期(十七世名人の資格保持)などタイトル計27期、棋戦優勝22回を誇る。

    谷川九段は
    「ここ10年は1勝することの難しさを感じる日々でした。
     最近は将棋の奥深さを再認識し、後輩とのねじり合いを楽しめる心境になりました。
     1433勝という大山十五世名人の偉大な記録に少しでも近づけるよう頑張ります」

    とコメントした。

    通算勝数ランキング   1300勝到達年数(10月1日現在、※は現役)
    (1)大山康晴  1433勝 781敗  45年 7カ月
    (2)羽生善治※ 1412勝 579敗  28年11カ月
    (3)加藤一二三 1324勝1180敗  57年 3カ月
    (4)中原 誠  1308勝 782敗  41年11カ月
    (5)谷川浩司※ 1300勝 832敗  41年 9カ月

    2: 名無し名人 2018/10/01(月) 16:20:29.43 ID:OHHYpl3f.net
     将棋界から寄せられたコメントは、以下のとおり。

    ◆佐藤康光日本将棋連盟会長・九段コメント

     この度は通算1300勝達成、誠におめでとうございます。谷川先生のファンを魅了する芸術的な「光速の寄せ」、また将棋に対する変わらぬ真摯な姿勢はいつも敬服いたしております。今後も体調に留意され、更なるご活躍を祈念いたします。

    ◆羽生善治竜王コメント

     鋭い切れ味の「光速の寄せ」は今でも終盤のお手本です。今後も多くのファンを魅了し続けてください。

    ◆渡辺明棋王コメント

     1300勝達成、おめでとうございます。私は子供の頃、谷川先生の将棋を2度、3度と並べて勉強しました。将棋だけでなく、その対局姿勢や取り組みは多くの棋士が目標にするところです。ますますのご活躍を祈念しております。

    ◆藤井聡太七段コメント

     1300勝の達成、おめでとうございます。谷川先生の光速の寄せは小さな頃からの憧れです。これからも先生の魅力あふれる将棋を楽しみにしています。 
    【谷川浩司九段が1300勝達成 史上5人目】の続きを読む

    1: ◆Penguin/Js @( ´ヮ`)<わはーφ ★ 2011/03/11(金) 21:14:41.72
     将棋の谷川浩司九段(48)が10日、
    関西将棋会館で行われた竜王戦2組1回戦で、中川大輔八段(42)に勝ち、
    公式戦通算1200勝(698敗、3持将棋)をあげた。

    大山康晴十五世名人、中原誠十六世名人、加藤一二三九段に次ぐ史上4人目の達成。
    48歳11カ月での達成は史上最年少。1200勝に王手をかけて8連敗していた。
    【【将棋】谷川浩司九段が1200勝 48歳11ヵ月での達成は史上最年少】の続きを読む

    1: 名無し名人 2011/02/09(水) 16:39:16 ID:tucpICYa
    実に長かったがおめでとう!

    谷川17世名人
    【 谷川浩司17世名人1200勝達成祝勝会場】の続きを読む

    1: ケンシロウとユリア百式φ ★ 2012/10/22(月) 09:33:18.42
    将棋界には“死闘”と呼ぶに相応しい伝説の名勝負が数多く存在する。
    谷川浩司王将対羽生善治6冠(いずれも当時)との間で争われた
    第44期王将戦(1995年)もその1つ。
    ルポライターの高山武将氏が、当時の模様を綴る。
     
    青森県奥入瀬はまだ深い雪に覆われていた。1995年3月24日。
    十和田湖畔のホテルは、異様な熱気が充満していた。
    第44期王将戦七番勝負の最終局2日目。
    王将は谷川浩司。挑戦者は史上初の7冠制覇を目指す羽生善治。
    報道陣は150人を超え、大盤解説場は300人のファンで埋め尽くされた。

    戦形は第2局から続く王道の矢倉。両者一歩も譲らず76手で千日手に。
    先後が入れ替った指し直し局も、40手目まで同一手順という異例の進行。
    お互いが相手の手を最善と認め合う最高峰の戦いが続く。
    先に手を変え未知の局面に持ち込んだ谷川は、
    難解な応酬が続く大激戦を111手で制する。最終手を指すとき
    「気持ちを落ち着かせるために」2分を費やした。

    逆風の中で迎えたシリーズだった。このわずか3年前。
    7冠を夢見ていたのは谷川のほうだった。
    史上最年少の21歳で名人になり、
    「名人位を1年お預かりさせていただく」と名言を残した。
    誰よりも早く終盤の詰みをイメージし、
    一気に寄せる華麗な棋風は「光速流」と呼ばれ、棋界に衝撃を与えた。
    29歳と脂の乗った1991年度に史上4人目の4冠王となり、
    谷川時代の到来かと思われた矢先、8歳下の羽生が立ちはだかる。

    1992年の竜王戦でフルセットの末、タイトルを奪われると、1994年の王座戦まで、
    羽生と争ったタイトル戦で7連敗。「羽生コンプレックス」の渦中にいた。
    「意識過剰になって、自分の将棋を見失っていましたね。
     本来は自分の棋力を向上させ、
     対局で100%力を出すことが一番大事なんですけれども、
     どうしたら羽生さんに勝てるのか、ということばかり考えていた。
     このままずっと負け続けるのではないか、と……」

    (>>2以降に続きます)
    【【将棋】谷川浩司が羽生七冠達成時を述懐「この人は違う。自分は自分」 「嫉妬心もあった」】の続きを読む

    1: 名無し名人 2010/03/04(木) 03:50:09 ID:nsbAmwd9
    将棋界はどうなっていただろうか?
    【もしも、谷川浩司が10年遅く生まれていたら】の続きを読む

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