群雄割拠

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    三国志

    172: 名無し 2020/01/17(金) 14:31:18.30
    この頃の張飛だったら関羽の代わりに荊州組任せられたと思うんやけどな 
    智勇の均衡で言えばかなりのもんやろ、それだけにワイルドカードとして手元におかれてた(過去のやらかしも鑑みてはいたろうが)けど

    【荊州で関羽がやらかさんかったら天下取れてたか?】の続きを読む

    195: 名無し 2019/06/08(土) 09:33:55.21
    明の始祖朱元璋さん 

    貧乏農家の末息子として生まれる 
    ↓ 
    元末期の混乱と飢饉で家族はみんな餓死 
    ↓ 
    寺に預けられるも、寺にも食料がなく托鉢の旅へ  
    ↓ 
    ある日戻ってくると寺が元に襲撃されて行き場がなくなる  
    ↓ 
    紅巾軍へ参加 
    ↓ 
    そこで身を寄せていた郭子興という武将の死後その地盤を引き継ぎ、なんやかんやで江南一帯をゲット 
    ↓ 
    南京で即位して明の洪武帝になる 
    ↓ 
    北伐に成功して北京から元を追っ払って中国統一 

    まさにヒーローの一生なんだよなぁ・・・

    【三国志&中国史統一王朝を語る】の続きを読む

    193: 名無し 2020/07/22(水) 01:58:24.97
    中国史を高校で習うくらい知ってるならともかく三国志だけ詳しいとなるとただのゲームやマンガに影響されただけのように見えるな

    【ワイ「三國志好きです」教授A「あっそう(笑)」B「フフッw」C「甘寧とか好きそう」】の続きを読む

    411: 名無し 19/08/05(月)22:24:54 ID:gfE
    番外編や

    421: 名無し 19/08/05(月)22:26:51 ID:gfE
    【魏延】
    no title

    ・字は文長。荊州義陽郡の出身。
     部曲を率いて劉備の蜀攻めに参加
     この功績で牙門将軍になる。
    ・この時点で趙雲より序列が上になる。
    ・魏延「もし曹操が10万の兵で漢中に攻めてきてもボコボコにするで」
     と就任時に抱負を掲げる。
    ・善養士卒と評され、軍事教練の教官として有能であり、
     漢中太守就任後は漢中を要害化するなど防衛ラインを強化する。
    ・230年、曹真軍が長雨で撤退すると
     隙を突いて呉懿と共に陽谿の魏の費耀・郭淮を撃破。
     征西大将軍に昇進。
    ・祁山に攻撃を加えてきた張コウ、司馬懿を呉班・高翔と協力して撃退。
    【蜀漢の五虎大将軍とかいう連中「魏延 姜維」】の続きを読む

    255: 名無し 19/08/05(月)21:48:50 ID:gfE
    【関羽】
    no title

    ・字は雲長(うんちょう)元の字は長生。
     司隷河東郡解県(現在の山西省運城市塩湖区解州鎮常平村)の出身。
    ・河東郡解県で塩の商いに関わっていたとされ、
     塩の貿易関係で劉備と出会ってた可能性がある。
    ・関羽の生没年(162~219 演義の)だが劉備161年~よりは下
     張飛よりは上(張飛伝)
     張遼169年~に兄弟と呼ばれる(関羽伝注)
     黄忠よりかなり下(費詩伝)
    ・劉備が180年頃~活動だとすれば、張飛が15歳くらい、
     184年挙兵とすると関羽17歳、反董卓連合時には22歳の計算になる
    【蜀漢の五虎大将軍とかいう連中「関羽」】の続きを読む

    100: 名無し 19/08/05(月)21:11:01 ID:gfE
    【趙雲】
    no title

    ・字は子龍(しりゅう)。
     冀州常山郡真定県(現在の河北省石家荘市正定県)出身。
     子は趙統・趙広。
    ・公孫?繋がりで劉備と知り合い、
     青洲方面で袁紹と交戦していた田楷の援軍として
     派遣された劉備に随行したのが始まり
    ・主に劉備の身辺警護や要人護衛、要人救出など特殊任務に携わっていた模様。
     そのため将軍というよりは典韋や許?のような親衛隊長のポジションにいた。
     陳到と共に選りすぐりの兵を率いて劉備を守っていた武将というのが
     正しい認識なのかもしれない。
    【蜀漢の五虎大将軍とかいう連中「趙雲 張飛」】の続きを読む

    5: 名無し 19/08/05(月)20:20:45 ID:gfE
    【黄忠】
    no title

    ・字は漢升。荊州南陽郡(現在の河南省南陽市)出身。
    ・劉表配下として仕え、中郎将に任ぜられ、
     劉表の甥っ子である劉磐と長沙攸県の守備の任につく。
    ・荊州南部で反乱した張羨や江南の孫権に対する防衛戦力として
     当てられるくらい有力であった模様。
    ・劉備の荊州平定後は劉備に仕え、益州攻略では常に先駆けとして
     劉璋軍の陣地を攻め落とすなど大分ハッスルしていた。
    【蜀漢の五虎大将軍とかいう連中「黄忠 馬超」】の続きを読む

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