127: 名無し 2005/12/14(水) 11:57:45 O
教えてください!!先生がテストに出る問題のヒントを出してくれたのですがわかりません!!これがそのヒントです↓↓ 
思想と文学は関係なし。漢代以降。これが存在しなければ国家は稼働しない。  

わかった人がいたら教えてください。

128: 名無し 2005/12/14(水) 12:07:11 0
>>127 
そんな抽象的な質問されても困るよなあ。 
宦官?

129: 名無し 2005/12/14(水) 12:43:34 O
儒教と答えさせたいように思えないこともない

130: 名無し 2005/12/14(水) 13:09:19 0
塩と鉄だろ

131: 名無し 2005/12/14(水) 13:50:13 0
人は城、人は石垣、人は堀 

ってことで「人」

132: 名無し 2005/12/14(水) 15:20:54 0
印璽だろ

133: 名無し 2005/12/14(水) 18:57:50 0
愛だろ、愛

134: 名無し 2005/12/14(水) 20:15:35 0
塩法かな?

135: 名無し 2005/12/15(木) 00:55:04 0
漢代以降に限定されてるのか。

138: 名無し 2005/12/15(木) 17:00:25 0
塩鉄専売

139: 名無し 2005/12/15(木) 19:31:06 0
>>138 
そりゃ春秋時代からだ

136: 名無し 2005/12/15(木) 13:50:04 O
法だろ 
高校の中国史なら土地制度などが頻出なのは受験では常識。 
まぁその先生が受験を見込んだ試験をするかは知らんが

137: 名無し 2005/12/15(木) 15:23:57 0
>>136 
法がなければ国家が立ち行かないのは戦国からだろ

141: 名無し 2005/12/16(金) 11:30:27 O
その通りだが、相手は高校レベルじゃないのか? 
まぁ法と言うより中国的制度の原形が前漢で成立するな 
高校レベルなら塩鉄専売や法と言ったワードは前漢から、秦で一応法家は出て来るがソレといった法律は出て来ない、郷挙里選とかの官吏登用制度もこの頃 
一般的な高校教師ならこれらを出すのがセオリーだ。

142: 名無し 2005/12/17(土) 04:24:31 0
高校レベルでも間違った事を教えちゃいかんな 
塩の専売は春秋時代から行われてた形跡があるから漢代からの物ではない 
春秋戦国時代、秦は後になって法家を取り入れたから最も完成した法を作る事が出来た 
商君の変法から法家が始まったんじゃなくてあれは完成形に近い物だった 
秦帝国になってかも法律無しに国家は動かず漢代以降の物とは言えない 
法律の名前こそないが内容は微妙に残っているのも重要 

出すんだったら漢代からは~なんてアホな設問じゃなくて漢代で重要な法律は何か~みたいな設問するのが一般的だろ

143: 名無し 2005/12/17(土) 12:24:51 0
>>142 
高校の世界史教師のレベルを買いかぶりすぎじゃないか? 
結構適当なこと言ってるもんだ。

144: 名無し 2005/12/17(土) 21:41:44 0
確かに漢代発足のものって何も浮かばないからな

145: 名無し 2005/12/18(日) 07:25:09 0
そもそも「漢代以降でこれが存在しなければ国家は稼働しないもの」って言う問題がおかしい。そんなものが有れば春秋戦国時代には国家が稼働していなかったことになってしまう・・・

147: 名無し 2005/12/18(日) 13:39:56 0
>>145 
そうか?漢代以前にも存在はしたが、漢代以降ようやく国家政策の中心になった 
という考え方もできると思うが。

148: 名無し 2005/12/18(日) 15:47:20 0
漢代発足物は「儒学の国教化」じゃないかね

149: 名無し 2005/12/18(日) 18:51:43 O
ちなみにこの問題は大学の定期試験の問題です。

150: 名無し 2005/12/18(日) 20:34:59 0
授業で配られた紙、全部見直せばわかんじゃね?

151: 名無し 2005/12/19(月) 12:29:10 0
思想と文学関係ねーっていってるんだから、儒学はどうかなぁ

153: 名無し 2005/12/19(月) 19:22:04 0
>>151 
俺はそれくらいしか思い浮かばん

176: 名無し 2006/01/10(火) 23:29:06 O
明日いよいよテストなんですけど…出る問題のヒントをもらってもまったくわかりません。論文1問だけなんで的外したら本気でヤバい。

178: 名無し 2006/01/12(木) 04:24:09 0
>>176 
答えはなんだったか教えてね。

190: 名無し 2006/01/16(月) 12:08:29 O
試験問題は
「漢代以降の官僚制度の移り変りについて述べよ」
でした。

そういえばB5用紙いっぱいにこの問題文が書いてあった。そして解答用紙はA3用紙1枚


191: 名無し 2006/01/19(木) 03:23:17 0
思想はモロに儒教その他が関係あるし官僚制度そのものが 
軍政にとってかわられて機能してなかった時期だってあるじゃんよ… 

192: 名無し 2006/01/19(木) 13:15:41 O
大学なんですけど…しかも三国志で有名で本人から聞いた話
秋葉原?で三国志オタクにサイン求められたって言ってた

193: 名無し 2006/01/19(木) 22:47:35 0
>>192 
試験乙。 

>秋葉原?で三国志オタクにサイン求められたって言ってた 
ワロスwwwwwwww 

194: 名無し 2006/01/19(木) 23:04:59 0
まあ官僚組織なんかは、当時の思想よりは現実に強く影響される問題かな。 

現実問題にどう則するかも思想であると言われればそれまでだけどねw


158: 名無し 2005/12/26(月) 22:36:40 0
諸子百家で、牧歌・名家・陰陽家は儒家の流れを、法家兵家農家は道家の流れをくんでいると本で読みました。でも縦横家は書いていませんでした。 
縦横家はどちらになるのでしょうか? 
外交って作為か無為自然か…。 
知っている方いましたらぜひお願いします。

160: 名無し 2005/12/26(月) 23:37:03 0
>>158 
そもそも縦横家に思想なんか関係なさそうな気がするが… 
強いていえば弁舌の才が必要だろうから、儒家→名家→縦横家の流れか? 

それよりも、諸子百家は結構相互に影響を受けてるから 
流れがどうとかあまり気にしないほうがいいと思いまつ。

162: 名無し 2005/12/27(火) 05:01:07 0
>>158 
韓非も李斯も荀子の弟子ですよ。

163: 名無し 2005/12/27(火) 09:48:37 0
>>162 
にもかかわらず『韓非子』には 
喩老篇・解老篇とかあって、『老子』を法家的に解釈していたりする。 
結局韓非子くらいにもなると儒家・道家両方の影響受けてるんだお。 

170: 名無し 2005/12/28(水) 01:25:22 0
>>162 
最近の論調だと韓非は荀況の直接の弟子じゃない感じになりつつある。 

荀況は斉の襄王の元で祭主やってた時期に老荘、というより逸周書や陰符経にかろうじて残ってる西周以前の黄老思想を翻案し、結果的に儒教の主流とはかなり距離ができたものの当時の諸学をほぼまとめた。 

管仲の趣味だったのか、桓公の時代に魯から大量に古竹簡を戦利品として鹵獲したものが当時の斉には伝わってたらしい。であれば亡命前の孫武も史官時代に古記録に目を通したかもしれない。鬼谷子辺りの本物の著作が伝わってれば…惜しいな 

159: 名無し 2005/12/26(月) 23:31:43 O
縦横家や兵家は法家の一種でしょ

161: 名無し 2005/12/27(火) 00:15:36 0
縦横家って分類基準はその思想・発言内容じゃなくて行動様式だからねえ。 

今でいうロビイスト。保守もいれば左翼もいるし、プロ市民運動家、詐欺師、スパイいろいろ。

164: 名無し 2005/12/27(火) 10:48:18 0
あの時代って明確な区分なかったんじゃねーの。 
老子を中心に教えますが、法律も教えます。ついでに弁論術もやってます。みたいな 
墨以外

168: 名無し 2005/12/27(火) 23:17:40 0
有難うございます。こんなに返事を貰えるとは思ってませんでした。 
では、縦横家はどちらの流れをくんだわけでもなく、春秋戦国時代において、様々な諸子百家が生まれる中で、「じゃあ外交を考えよう。」と思い立ったという風に見るのがいいみたいですね。 
本当に有難うございました! 

185: 名無し 2006/01/13(金) 19:22:56 0
この時代、特に春秋戦国時代には思想書や兵書が多いですよね。 
日本の戦国時代には孫子、呉子のわうな兵書、荀子や孟子のような思想書は記されなかったのですか?

186: 名無し 2006/01/13(金) 20:05:15 0
>>185 
日本の戦国が中国のそれと決定的に違うのは、降伏した兵士を何万も埋めて殺すようなことはしないし、負けた国の国民を全部奴隷にして好きな所へ引きたてるようなこともない。 

万事においてぬるいですから、そこまで突き詰めて考える必要もなく、借り物で上辺を撫でておけば済んだんでしょう。

187: 名無し 2006/01/13(金) 21:37:27 0
>>186 
ヨーロッパで例えるなら、日本の戦国時代は中世の封建領主同士の戦争、中国の戦国時代はナポレオン戦争以後の国民国家同士の総力戦。同民族で一部の階層だけでやってる戦争がなあなあなのは当たり前の事。

218: 名無し 2006/05/22(月) 23:42:44 0
秦は末期になっても章邯のような名将を輩出できたんだから、 
だれかが趙高を誅することができればもっと続いていたのかね。

219: 名無し 2006/05/23(火) 14:21:41 0
軍閥の寄り合い所帯とか、政権の維持に軍隊しか頼れない(全国統治じゃなくて政府内の話ね)ならともかく秦は中央政府の権限が半端じゃなく強かったから、軍人では簡単にはどうにもできんかったと思うぞ。章邯は正確には軍人とも違うしね。 

むしろ秦では政治派閥の形成が進まなかったような感じを受けるんだけど、そういった中間層の弱さが短命や趙高独裁の原因のような気が。 

たくさんの柱(官僚とか政治家とか軍人とか)で支えてるんじゃなくて、 一本しか柱が無くて、あとはひもでぶら下がってるという。秦はそんなイメージがする。

220: 名無し 2006/05/27(土) 20:16:54 0
秦に政治派閥がなかったとは思えんのだけど。李斯が韓非を警戒して獄死させたり、蒙恬が排斥されたり。政治派閥を分析するには、いまだ分からないことが多すぎるんではないかと。 

二世の元年の早い時期に関東で乱が起こっていることからも、秦末の乱は趙高の独裁にそく起因するものでなくて、もっと古い根を持つものだと思われるし、趙高ひとりを除いて乱が終息するするほど安直なものでもない気がする。

221: 名無し 2006/06/07(水) 02:48:37 0
そりゃまぁ秦も一枚岩でずっといられていたらもっと早いとこ統一できていただろうな 
臣が上の上まで上り詰めるとことごとく足引っ張られるのは他国と変わらん 
そもそも他国の人間を排斥する運動らしきものがあったような

257: 名無し 2006/08/20(日) 23:02:52 0
秦王朝って、戦い方はどんなだったんだろ? 
漢の高祖が項羽と戦った時は歩兵戦が主だったみたいだけど、トルコ遊牧民王朝の秦はやっぱ騎馬戦だったのかな?

260: 名無し 2006/08/21(月) 16:43:59 0
>>257 
秦は歩兵+一部騎兵でしょう。 
主力は歩兵だったんじゃないの?兵馬俑などを見るに。 
違うの?

258: 名無し 2006/08/21(月) 00:00:44 0
騎馬戦なんてそこから5世紀もたたねーとない

259: 名無し 2006/08/21(月) 01:20:29 0
漢の高祖が生け捕りにされちゃった匈奴の冒頓単于って、騎馬戦で圧倒したんじゃないっけ?

261: 名無し 2006/08/21(月) 16:45:43 0
>>259 
匈奴の騎馬戦術を見て、漢民族の王朝が取り入れるようになるんだよ。

262: 名無し 2006/08/23(水) 23:07:14 0
春秋~漢まで戦車(馬車)が主力じゃないの?

264: 名無し 2006/08/24(木) 21:30:55 0
>>262 
主力は歩兵だよ。 
それから、騎馬戦術=戦車(馬車)じゃない。 

263: 名無し 2006/08/24(木) 03:28:10 0
戦車戦は漢代には結構減ってる 
代わりに騎射が多くなってる 
鐙の発達する4-5世紀まではこの騎射がメインで 
騎馬戦は行われていたとは考えにくい

279: 名無し 2006/11/02(木) 09:56:17 0
疑問があります。 
洛陽、長安のすぐ北(100キロくらい?)は異民族の支配地域ですよね。 
何故、何百年間もこのような状況を許してきたのでしょうか。 
差し迫った危険は感じなかったとしても、都を安全にしておくのが普通だと思うのですが。

280: 名無し 2006/11/02(木) 10:36:34 O
100キロつっても四神相応の地だから山脈が横たわってるでしょ

281: 名無し 2006/11/02(木) 12:09:28 O
たしかに黄河の北側まで追いやってもいいような。 
地図帳持ってないから詳しいことはわからんな。

282: 名無し 2006/11/02(木) 13:30:36 0
派兵し維持するだけの魅力がないからだろ。カネの無駄。

283: 名無し 2006/11/04(土) 05:00:59 0
返り討ちにあうからでは?

284: 名無し 2006/11/04(土) 12:13:41 0
すぐ近くだから、戦乱がある度に洛陽は略奪されてるよなw 
もっと南に移せばいいのに。

285: 名無し 2006/11/04(土) 16:06:01 0
周とかは異民族の襲来はげしくて都を移したなw 

289: 名無し 2006/11/22(水) 19:44:52 0
趙の名家、公孫竜の言葉「白馬は馬に非ず」の意味を知っている方がいらっしゃったら教えてください。

290: 名無し 2006/11/24(金) 09:26:57 0
白馬=馬と仮定すると黒馬=馬も成立する。 
すなわち白馬=馬=黒馬となるが、 
白≠黒であるため、白馬=黒馬は誤りである。 
このことから、白馬=馬という仮定が誤りであることが分かる。 
よって、白馬は馬に非ず。 

自信ないけどこんな感じじゃなかったっけ

291: 名無し 2006/11/24(金) 14:42:58 0
>>290 
うーむ、含める、という概念が無いとは。中国の古代の偉人って結構バカなんですね。

292: 名無し 2006/11/24(金) 15:47:29 0
そんなに単純じゃなかったと思うぞ。

293: 名無し 2006/11/25(土) 08:51:53 0
「白」とは色を表す概念である。 
「馬」とは形を表す概念である。 
「白馬」は色と形を表す複合概念であり、 
純粋な形概念である「馬」と同一とはいえない。 
って言う説明もある。 

でも、これを言っちゃうと「白馬は白くない」って言えそうな気もするな… 
複合概念の「白馬」と純粋な色概念の「白」だって違うって言い張れるし。

294: 名無し 2006/11/25(土) 13:27:29 0
イコールではなく、 
馬、の中に黒馬や白馬やシマウマや葦毛馬や軍馬やサラブレッドがいる。 
これらそれぞれはイコールではなく、樹形図で示される 

でFAになりそうなモンなんだが・・・ 

「白馬は馬に非ず」理論をもとに、 
「トヨタは自動車会社に非ず」など、たくさんの亜流を作り出せるなあ、と。

295: 名無し 2006/11/25(土) 15:34:19 0
まあ当時からこの主張は「詭弁」だとされていた。