695: 名無し 2016/08/07(日) 14:37:09.71
春秋と戦国どっちが人気ある? 
みたいな議論してみたい

696: 名無し 2016/08/07(日) 21:05:22.87
戦国じゃね 
漫画にもよくなるし。

698: 名無し 2016/08/08(月) 21:47:33.42
キングダムとかはバトル漫画の題材にたまたま始皇帝が選ばれたにすぎんからなあ・・・ 
三国志が衰退すると娯楽として消費されるコンテンツが現代中国情勢(これは戦前からの伝統)だけになっちまうな 

せっかくだし春秋時代の話題を、戦国期と違ってある程度戦の詳細がわかる春秋期、諸君の一番好きな戦いは? 

俺は両翼を見事に操った晋軍が勝利した城穆の戦い、お手本すぎる

700: 名無し 2016/08/08(月) 23:59:54.13
>>698 
長勺の戦いだな。 
普段軍事に強くない魯が勝ったのが印象的

701: 名無し 2016/08/09(火) 00:27:24.58
>>698
エン陵の戦いだな 
苗賁皇の知略、郤至の礼、養由基の武勇など見所たくさんで面白い

746: 名無し 2016/11/09(水) 21:30:39.23
アメリカの大統領が誰になるかで日本の立場を変わってくるという状況を見てると 
まるで晋や楚の対応に四苦八苦する鄭や宋みたいだなって思う

756: 名無し 2016/11/19(土) 19:27:18.76
>>746 
共和党と民主党のどっちが晋でどっちが楚かな・・という考え方もありか

747: 名無し 2016/11/09(水) 23:39:22.71
この場合日本のキャラは宋かな?

748: 名無し 2016/11/12(土) 03:10:36.02
>>747
鄭みたいに二国の間を行ったり来たりしてるわけじゃないし
ずっとアメリカべったりな点は宋かな 
宋は何回か晋から楚に鞍替えした事あるけど

749: 名無し 2016/11/12(土) 07:42:53.45
アメリカが晋だとして、 
楚は中国かロシア(旧ソ連)か

751: 名無し 2016/11/14(月) 01:33:20.19
>>749
楚がロシアで秦が中国かな 
斉に該当する第四の強国が思い浮ばない

752: 名無し 2016/11/14(月) 02:09:43.02
>>751 
無理やりだがイギリス離脱前のEU

762: 名無し 2016/12/01(木) 15:10:48.52
なぜか孫子は(リーマン向けのテキトー本が)
そこそこ読まれるのに呉子はほとんど読まれない(´・ω・`) 
やはり極悪武田信玄のせいだろうか・・・

763: 名無し 2016/12/01(木) 19:18:22.03
孫子にしても呉子にしても内容は稚拙で得る物は少ない 
なら読みやすくてメジャーな方ええやろ

764: 名無し 2016/12/01(木) 19:23:53.44
>>763 
『孫子』は米陸軍でも陸上自衛隊の幹部学校でも普通に研究されているのですけど 
そもそもリデルハートの間接アプローチ戦略(ひいてはドイツ軍の電撃戦)に決定的な影響を及ぼした著作なのは昔から有名ですし

766: 名無し 2016/12/01(木) 21:08:56.14
実際に孫子を本気で学んだり活用することは現在ないよ、やや過大評価されてるのは否めん。近代西洋の軍事理論のが明らかに優れてるし。 

中国学の世界でもそれほど熱心に研究されてないという…

767: 名無し 2016/12/01(木) 21:19:16.23
>>766 
本職じゃなきゃそりゃそうだろう 
韓信みたいな兵学浪人でもない限り市井の身で孫子なんて勉強しねーわ 

768: 名無し 2016/12/01(木) 22:22:55.39
>>766 
??「既に最高の孫子がある。研究の必要はないんじゃ」

っ魏武注孫子

770: 名無し 2016/12/01(木) 23:12:52.34
前近代中国史の中でダントツの人気を誇る三国志最大の英雄曹操 

大人気曹操の注釈にも拘わらず魏武注孫子の話題ってみたことないな・・・しょぼいのか?

771: 名無し 2016/12/01(木) 23:38:40.49
いや今に伝わる孫子は魏武注孫子なんだよ。それ以前のテキストは伝わってないので 
発掘資料(竹簡孫子と呼ぶ)しかない。 

wikipediaから引用 
現在では以下のように考えられている。『孫子』は孫武が一旦書き上げた後、後継者たちによって徐々に内容(注釈・解説篇)が付加されていき、そうした『孫子』の肥大化を反映したものが『漢書』芸文志の記載である。しかし、後に曹操の手によって整理され、今日目にする形になったというわけである。

773: 名無し 2016/12/03(土) 00:07:33.53
孫子とか古代の兵書は儒家の経典なみに著者想定外のトンデモ解釈されてそう。

774: 名無し 2016/12/03(土) 17:54:31.77
魏武注のとこは結構自慢話なんだっけ

776: 名無し 2016/12/04(日) 17:53:37.44
>>774 
そうだよ。 
孫子に、敵より兵力が10倍だったら囲み…って有名なくだりがあるんだけど、曹操の注釈は、対呂布戦での自分の戦績に照らして、『相手の士気が自軍よりも下であれば、その限りではない。自分は2倍の軍勢で下邳(カヒ)城を囲んで呂布を擒(とりこ)にした』とドヤっていますw

775: 名無し 2016/12/03(土) 22:17:05.66
自分の経験に照らして本文を解釈して見せてるんならそれはそれで面白そう。

777: 名無し 2016/12/14(水) 22:21:27.22
魏武注は自慢しながら、わざわざ応用編まで書き加えてくれたんだから感謝したほうがいいかもなw

780: 名無し 2017/01/08(日) 22:55:59.51
孫子は話題になるけど呉子はあまり話題にならないよな 
兵法書としても後世への影響力も圧倒的に孫子が上だし

781: 名無し 2017/01/09(月) 08:48:17.98
呉子のほうが死に際が壮絶で印象に残るけど、著作についてはあまり触れてもらえないかわいそうな人。

782: 名無し 2017/01/09(月) 08:54:54.62
時代が変わってしまうと技術論とかはどうしても陳腐化してしまうからな 
普遍的な原則に対する考察と戦争の本質に迫ろうとした孫子の方が何だかんだで陳腐化しなかった 

現代人が何気なく使用しているけど 
奇襲(物理、精神両面)、機動、欺瞞、勢(衝撃力)、目的の重要性、政軍関係、戦争の終末態勢の在り方 
…こういった概念を確立して著述した孫子は凄えと思うわ

785: 名無し 2017/01/09(月) 22:27:39.00
>>782 
なるほど、孫子が生み出したものはそんなにあったのか。 
そりゃ呉子が下でもしゃーないな

786: 名無し 2017/01/09(月) 22:34:09.62
>>785 
生み出したというより概念整理に近いと思う 
孫子は整理力が半端じゃない 

確信はないんだけど先行者はいたような気がするんだよなあ 
余りに完成度が高すぎる

783: 名無し 2017/01/09(月) 21:37:04.31
孫武と呉起どちらがより優れた名将かと聞かれたら、呉起と答えるが 
どちらの兵法書が優れているかと聞かれたらやっぱ孫子だろうな

789: 名無し 2017/01/11(水) 00:35:14.08
>>783 
孫子は詳細不明すぎて名将枠に入れることすら憚られる 
武もピンも 

まぁ呉起も過大評価されてそうやけど

795: 名無し 2017/01/13(金) 01:25:08.39
>>789
兵法家で詳細がよくわからんといえば司馬穰苴もだな 
孫武と同じく司馬穰苴も左伝に出てこないし

808: 名無し 2017/01/18(水) 23:49:07.43
>>795 
孫ピンはともかく孫武と司馬は活躍したとされる時期が諸子百家の時代と離れすぎている。
まず一般的にイメージされているような兵法家ではあるまい。

784: 名無し 2017/01/09(月) 22:10:25.77
呉起って兵法家というより法家って感じがするけど

785: 名無し 2017/01/09(月) 22:27:39.00
>>784 
楚に行ってからはそんな感じがするね

792: 名無し 2017/01/12(木) 00:11:53.96
魏武侯「ワイ過小評価、というかスルーされてる感」

793: 名無し 2017/01/12(木) 21:34:33.33
覇権を維持(失ったのは恵王)できたわけだから暗愚なわけはないよな

794: 名無し 2017/01/13(金) 00:18:20.03
後継者でやらかしたのが痛恨 
武侯本人の能力は親父文侯に勝るとも劣らないイメージ

798: 名無し 2017/01/14(土) 15:27:36.97
>>794 
公子緩が継いでたらどうなったのかねぇ

799: 名無し 2017/01/14(土) 19:41:54.34
公子緩が継いだとしても,趙韓を抑えながら秦楚斉を撃退し,覇権を維持するのは至難でしょうね…

811: 名無し 2017/01/19(木) 08:47:34.21
>>799 
三分裂してできた国だしそのうちの一つが覇者になること自体すごいと思う

800: 名無し 2017/01/14(土) 21:10:33.61
正直もっと衰退しそうな気が、公子緩勢力の方が正統性も実力も恵王より不足してそうだし。

801: 名無し 2017/01/14(土) 21:12:44.50
あれ、公子緩が正嫡だったのを恵王と公叔座が武侯死後をついて奪い取ったって思ってたけど違うん?

802: 名無し 2017/01/14(土) 21:29:52.98
古本竹書紀年によると、公子緩は武侯元年に封じられてる。 
武侯の嫡子である可能性は小さいと思う。恵王より一つ上の世代、武侯の兄弟なんじゃね?

803: 名無し 2017/01/14(土) 22:54:35.13
公中緩→公仲緩だとすれば、正嫡の兄が存在しそうですね。

804: 名無し 2017/01/15(日) 12:32:54.72
恵王は生年がわかってる珍しい存在

805: 名無し 2017/01/18(水) 18:27:20.22
史記本文に生年記事がある人は稀だね 

兄の即位元年に封建、信陵君と同じやな

806: 名無し 2017/01/18(水) 20:52:42.53
魯の荘公「俺は誕生日まで9月24日だとわかっているぞ」

810: 名無し 2017/01/19(木) 00:17:51.36
>>806 
生まれた日が父の桓公の干支と同じだから「同」と名付けられたんだよね 
孟嘗君も5月5日が誕生日だと分かってるね

811: 名無し 2017/01/19(木) 08:47:34.21
>>810 
こういうのを見ると数え年使ってた時代でも 
誕生日って大事にされていたんだなって感じるね

815: 名無し 2017/01/22(日) 22:02:24.07
魏氏が覇者になれたのは分裂に至ってなかったからだろう 
魏氏が覇権を失ったのは三分裂したからだろう

816: 名無し 2017/01/22(日) 23:56:45.30
まあ、その後も三晋は緩やかに連合・協調はしているけれど 
秦の強大な圧力には敵わなかったね…

817: 名無し 2017/01/23(月) 19:56:39.06
すぐに裏切り者が出る緩い連合軍では主権国家的かつ厳格な統治を行う秦に勝てるわけないんだよなあ

819: 名無し 2017/01/25(水) 08:40:16.14
法家と縦横家が秦のポイントだよな

820: 名無し 2017/01/26(木) 00:13:28.12
まあでも秦も縦横家とかいう国家戦略を食い荒らすロビイストには苦労したべ。

821: 名無し 2017/01/28(土) 08:17:36.82
>>820 
とはいえ秦はいいほうやろ。 
楚や斉はひどい目にあってるしw

822: 名無し 2017/01/30(月) 20:43:23.01
唐突な斉湣王の敗亡は不可解である。

823: 名無し 2017/01/30(月) 22:52:24.99
気が付いたら孤立とかビビるけど、 
それは傲慢さが招いたことだと信じたい

825: 名無し 2017/01/31(火) 22:51:45.51
ビン王「自由闊達な議論を保障し文化振興」 
ビン王「のさばる王族・権臣を遠ざけ」 
ビン王「賢者の意見を大いに尊重して」 
ビン王「遠交近攻策に転じたのに」 

ビン王「非難されてばかりとは解せぬ」

826: 名無し 2017/02/01(水) 00:20:17.69
確か当時は斉と秦の二強でしょ 

この二国の勢力間の均衡が当時の国際外交の要だったんだろうけど、ビン王になってから燕を征服してさらに宋まで併合したら、勢力均衡もクソもないだろうし周辺国も危機感持つでしょ 

ていうかビン王の時代に趙と中山滅ぼしたり、楚に打撃与えたりしてるし、軍事的才能はかなりあったんだろうな

827: 名無し 2017/02/01(水) 00:26:43.69
ピンの方の孫子が活躍したとされる威王時代でも斉軍は楚軍や燕軍に普通に負けてるし 
軍事的ないし地理的な弱点があるのではなかろうか 
あとは薛の孟嘗君か・・・

828: 名無し 2017/02/01(水) 01:17:33.21
ビン王があんな目にあったのは全部、蘇代のせいと言ってみる 
何なん!あの詐欺師

829: 名無し 2017/02/01(水) 02:45:35.08
結局、燕を怒らせただけw 
縦横家ってその場しのぎだけで長い目で見ると糞の役にも立たんねw

830: 名無し 2017/02/01(水) 07:18:09.41
宮城谷楽毅だとそもそも燕の回し者だからなw>蘇代

831: 名無し 2017/02/05(日) 19:55:59.51
>>830 
言われてみれば、その小説の影響で蘇代=燕の回し者のイメージでいた。 
影響力パネェな。 
でも調べてみたら『論衡』の中でも燕のために策謀している扱いで描かれているようだな。

834: 名無し 2017/02/05(日) 21:46:35.98
>>831 
蘇秦も最初に信用されたのが燕だったからその縁かな 

と考えるのは単純すぎかねえ?

832: 名無し 2017/02/05(日) 20:19:25.03
宮城谷楽毅のせいで楽毅は中山を守るため武霊王と戦っていたと本気で信じてる人とかもいるんだよなw 

実際の楽毅は逆に武霊王の下で中山を征服するため戦っていたっていう方が可能性高そう

833: 名無し 2017/02/05(日) 21:06:43.71
>>832 
文献資料が新出しない限りは「前半生不明」以上の人物像は出てこないと思う 
でも確かに趙との縁は深いんだよな

835: 名無し 2017/02/05(日) 23:05:40.09
最近興味があって調べてみたら 
馬王堆漢墓から縦横家の活動記録とかが出土してて
日本語訳もあるんだけど(読んだことはない) 
こういう新出の資料って創作作品にも影響与えてるんだろうか?

836: 名無し 2017/02/06(月) 01:01:50.86
馬王堆の影響なら宮城谷さんの諸作品or大秦帝国第二部を見ると感じると思うよ 

ただ基本的に影響は微々たるもの 
そこそこ知られた中国モノを扱う作家(小説、漫画)の大半は伝世文献(日本語訳)の読み込みも覚束ない 
新出資料どころじゃない

868: 名無し 2017/02/16(木) 09:15:08.48
惜しまれる君主の若死にが多い晋に対して、楚は恵まれてるよな。

869: 名無し 2017/02/21(火) 02:14:11.41
>>868 
楚ほど抜きん出た実力と体制の安定を長い間維持した国は他にない。
王権の安定、強大な王族の統治力は侮れないな。

871: 名無し 2017/02/21(火) 12:30:46.96
昭王をかえせー

872: 名無し 2017/02/22(水) 22:11:15.07
>>871 
楚「水にでも聞いてください・・」

873: 名無し 2017/02/22(水) 22:24:37.21
懐王をかえせー

875: 名無し 2017/02/25(土) 22:36:05.66
>>873 
煮殺せィ!!!

876: 名無し 2017/02/26(日) 09:37:59.26
>>875 
ワロタw

887: 名無し 2017/03/08(水) 10:54:46.59
列伝の充実した戦国と比べて春秋は手薄だよなあ。

888: 名無し 2017/03/09(木) 21:13:55.28
>>887
自分は逆に左伝があるから春秋の方が充実しているように思えるな

893: 名無し 2017/03/21(火) 00:40:24.43
>>887 
史記の春秋部分は確かに手薄と言えますね。 
戦国部分も重要人物の列伝がほとんど何も語ってなかったりしますが。

921: 名無し 2017/04/11(火) 22:50:38.91
史記読んだだけだと呉が楚の都を攻略したのってそこまで印象に残らないけど 
左伝を通して読んでその件に来ると史記で読んだのとだいぶ印象が違うよな 

南の盟主であった楚という大国の数百年栄華を誇った都が呉という田舎国家に蹂躙されるって当時からすると衝撃的だったんじゃないだろうか

922: 名無し 2017/04/12(水) 21:02:31.00
呉はガチで楚をぶっ潰そうて考えてたもんな

923: 名無し 2017/04/13(木) 02:33:53.49
あの状況で呉軍を追い返した楚軍も凄いと思う

925: 名無し 2017/04/14(金) 08:39:08.86
>>923 
いうて秦の援軍なかったら追い返せなかったやろ、申包胥様様や

924: 名無し 2017/04/14(金) 00:25:48.30
伍子胥さんは反骨精神はんぱないからな

926: 名無し 2017/04/14(金) 23:55:45.00
寄せ集めの呉連合軍、懐の深い楚の地力、昭王兄弟の結束を考えれば楚軍単独で呉軍を撤退に追い込むシナリオも十分ありえるんじゃない?

927: 名無し 2017/04/15(土) 02:23:22.11
楚の子西・子期はもう少し評価されて良いと思うわ 
特に子期は呉への反撃戦にかけては名将のように見える 
それ以外の戦いではパッとしないけど

928: 名無し 2017/04/15(土) 08:09:21.63
あの父親から名君名臣を輩出するから世の中わからんな

933: 名無し 2017/04/16(日) 01:27:44.50
>>928
平王も最初の方は有能だったんだけどねぇ

929: 名無し 2017/04/15(土) 08:18:22.80
母親の秦の公女がよっぽど優秀だったんだろうね

931: 名無し 2017/04/16(日) 00:17:28.02
母親が優秀であった可能性は否定しないけど 
平王は少々過小評価じゃね?春秋時代の平均点はクリアしてそう

932: 名無し 2017/04/16(日) 01:09:14.46
子西は庶兄ですし、秦の公女云々はあまり関係ないかと 
春秋時代の中国人は正直クオリティがアレなんで、平王さん、及第点レベルはありますな

935: 名無し 2017/04/16(日) 11:28:28.30
平王は即位までは猫を被ってる様な印象 
呉の孫晧を思わせる

936: 名無し 2017/04/16(日) 19:05:10.89
んっ? 
むしろ即位してから亡くなるまで、在位中の方が大人しい印象だが 
積極的に暴君した形跡はいうほどない

937: 名無し 2017/04/16(日) 21:41:22.38
春秋屈指のネガティブイメージを誇る人だけど 
その原因のほとんどは本人の死後にあるからね

938: 名無し 2017/04/16(日) 22:20:38.16
>>937 
要するに負の遺産を残したんだろって言われそう

939: 名無し 2017/04/17(月) 01:55:05.34
そこが難しいところですね 
没後に楚が傾いた要因の大半は呉の存在なんだけれども 
呉の強大化による東方の動揺は平王期以前から続く難題なので 
一時進退窮まったものの平王が後継者に選んだ昭王は楚を復活させたし

940: 名無し 2017/04/17(月) 20:57:10.73
秦公を外戚にしといたのは何気にファインプレーだよなw

941: 名無し 2017/04/18(火) 13:13:08.10
何気に夫差の暴れっぷりって斉ビン王以上の脅威だよな

979: 名無し 2017/05/15(月) 22:03:15.10
>>941 
夫差はどことなく項羽っぽい 

981: 名無し 2017/05/15(月) 22:20:49.61
>>979 
ああそれは分かるな両方とも圧倒的に強いし。 
殺せという臣下(伍子胥・范増)の諫言を却下して宿敵(勾践・劉邦)に情けをかけたが故に最終的に負ける。

985: 名無し 2017/05/16(火) 07:27:31.49
>>981 
しかもその諌言をした臣下を死に追いやるところまで共通してるなw

989: 名無し 2017/05/17(水) 23:11:45.75
>>981 
そっくりですよね 笑 
項羽も半ば呉の人ですし 

993: 名無し 2017/05/19(金) 00:45:55.41
>>981
勾践と劉邦も成功した後、功臣を粛清するとこまで一緒だな

942: 名無し 2017/04/19(水) 00:32:25.04
夫差は戦争の強さも頭のネジの飛びっぷりもオヤジ以上だと思う(ベクトルは結構似てる希ガス)

943: 名無し 2017/04/20(木) 00:37:26.21
部下も部下だし

944: 名無し 2017/04/21(金) 00:23:01.77
楚を圧倒し越を属国化させ斉に大勝するってのが凄いよな夫差 
どうせなら晋とも戦ってから滅んで欲しかったわ 
晋の趙鞅VS呉の夫差なんて盛り上がる事間違い無し

945: 名無し 2017/04/21(金) 00:51:10.02
斉の政界(田氏の勢力の増減とか)に何か影響あったのかなあ

斉に大勝するってのが凄いよな夫差

946: 名無し 2017/04/21(金) 18:11:46.35
田氏は関係ないが慶封逃げてきたよなたしか 
最後だけカッコよすぎる人

947: 名無し 2017/04/22(土) 14:02:21.70
楚の霊王「呼んだ?」

948: 名無し 2017/04/22(土) 19:42:23.32
>>947 
あんたは惨めな末路としか

950: 名無し 2017/04/22(土) 21:26:21.93
>>948 
一応慶封殺した人だから関連あるかなって

951: 名無し 2017/04/23(日) 06:28:28.74
>>950 
このふたりって、どっちもどっちというか
互いに「お前が言うな」って感覚だったんだろうな 
自分では世間の悪評にさほど自覚なかったろうし

953: 名無し 2017/04/24(月) 02:32:02.53
鄭霊公「楚の霊王が死んだか」 
陳霊公「ククク…奴は霊の諡を持つ中でも最弱」 
晋霊公「反逆者ごときに負けるとは霊の諡の面汚しよ」

995: 名無し 2017/05/19(金) 11:43:19.73
>>953 
爆笑したw

954: 名無し 2017/04/24(月) 07:03:13.83
伍挙「霊王様悪くないから」

959: 名無し 2017/04/28(金) 22:29:40.83
呉夫差は怖いけど傑宋はなんか好き

960: 名無し 2017/04/28(金) 23:59:48.70
明らかに桀宋のほうが逸話怖くね?

961: 名無し 2017/04/29(土) 04:35:02.28
桀宋は小国の王のせいかショボイイメージがある

962: 名無し 2017/04/29(土) 21:37:33.99
夫差の進出方向、彼が平らげた勢力圏が
勾践とその後の越に丸パクリされているとこからみて 
歴史的意義は夫差のが断然でかいな

968: 名無し 2017/05/06(土) 00:31:54.78
夫差が合盟を行った時、結局彼は覇者になれたんだろうか? 
呉世家だと晋の定公が盟主となったと書かれ、晋世家では呉が盟主となったと書かれている

969: 名無し 2017/05/06(土) 13:57:47.87
>>968 
両方とも自国sageするなんて不思議なこともあるものだな

970: 名無し 2017/05/06(土) 18:59:20.21
よく考えるんだ。 
史書の著者は大抵後世の士大夫、縁も所縁もない事柄の扱いなんて適当ですよ。

972: 名無し 2017/05/07(日) 00:14:30.25
呉と晋、どちらが覇者になったのか 
諸侯が認めてないけどどっちも勝手に自分が覇者って自称しただけって可能性ありそう