120: 名無し 2018/02/09(金) 20:40:38.63
史実の関ヶ原は、戦一つでケリがついたけど、 
西軍が勝つとして、家康の首を取れなかったら元の戦国に戻るだけじゃないの?


121: 名無し 2018/02/09(金) 21:08:38.14
>>120 
各地方がそれぞれ国家となってそれなりに安定するかも

127: 名無し 2018/02/09(金) 23:34:43.15
>>121 
うーん。
豊臣政権が室町幕府化してグダグダが続くような気がする

123: 名無し 2018/02/09(金) 21:29:33.97
>>120 
一日で終わると思ってなかった人たちが大勢いたからねえw 
上杉さんとか、黒田さんとかw

122: 名無し 2018/02/09(金) 21:12:00.37
≪五大老≫ 
徳川内大臣ー武蔵、相模、伊豆、上総、下総、上野、下野、安房 
前田大納言ー加賀、能登、越中 
毛利中納言ー安芸、長門、周防、石見、出雲、隠岐、備後、備中 
上杉中納言ー陸奥ノ内、出羽ノ内、佐渡 
宇喜多中納言ー備前、美作 

島津少将ー薩摩、大隅、 
伊達少将ー陸奥ノ内 
佐竹侍従ー常陸 
小早川中納言ー筑前 
最上侍従ー出羽ノ内 
長曾我部侍従ー土佐 
鍋島侍従ー肥前 
織田中納言ー美濃

124: 名無し 2018/02/09(金) 21:32:42.57
≪関ケ原役の後≫ 
前田ー加賀、能登、越中 
毛利ー長門、周防 
上杉ー出羽ノ内 
島津ー薩摩、大隅、 
伊達ー陸奥ノ内 
佐竹ー出羽ノ内 
小早川ー備前、美作 
最上ー出羽ノ内 
鍋島ー肥前 

加藤ー肥後 
福島ー安芸、備後 
浅野ー紀伊 
黒田ー筑前 
細川ー豊前 
蜂須賀ー阿波 
山内ー土佐 
藤堂ー伊勢、伊賀 
池田ー播磨

125: 名無し 2018/02/09(金) 21:39:26.04
≪明治維新後≫ 
前田ー侯爵 
毛利ー公爵 
上杉ー伯爵 
島津ー公爵 
伊達ー侯爵 
佐竹ー侯爵 
鍋島ー侯爵 


浅野ー侯爵 
黒田ー侯爵 
細川ー侯爵 
蜂須賀ー侯爵 
山内ー侯爵 
藤堂ー侯爵 
池田ー侯爵

126: 名無し 2018/02/09(金) 22:48:14.53
秀忠軍が到着して、徳川パーフェクト勝利の場合、 
領土配分がどうなるのかも気になる

315: 名無し 2020/03/14(土) 12:50:54.20
>>126 
領土配分でいえば、もし三成が挙兵せずに何もしなかった場合、 
上杉は徳川連合軍に滅ぼされるだろう(もしくは上杉降伏) 

その場合、上杉領の会津120万石をどう配分するかだな 
(上杉が降伏した場合は、上杉は取り潰しされずに生き残る可能性があるので、 
家康が上杉から召し上げた領土はもっと少なくなる) 
あれだけ多くの大名を動員して、遠く奥州の上杉征伐に駆り出したのだから、 
恩賞を与える必要になる 
史実では関ヶ原合戦があったから、家康は味方に与える恩賞が莫大にあったが、 
関ヶ原合戦が無かったらどうなってたのだろうか

316: 名無し 2020/03/14(土) 13:47:59.46
>>315 
そうしたら
①前田をいちゃもんつけて潰しに行く
②毛利にいちゃもん(ry、
③宇喜多に(ry、
とやってくつもりだったのかねぇ…

318: 名無し 2020/03/14(土) 14:30:04.58
>>316 
前田にはすでにいちゃもんつけて攻撃しようとしたところ屈伏してきたので不問にしたこの時点で前田は実質徳川一味になってしまった 

上杉が潰されたらもちろん次々に喧嘩吹っ掛けて潰していったろうな

317: 名無し 2020/03/14(土) 14:26:58.94
>>315 
降伏したら上杉景勝と直江兼続は切腹かな

321: 名無し 2020/03/14(土) 20:59:42.16
>>317 
うろ覚えだけど、有名な直江状は種々の研究によると江戸時代に創作された偽書の可能性が高く、当時の史料からは直江兼続は速攻徳川に土下座して事情を説明してる可能性が大とか言われてなかった? 

だとすると上杉討伐は割と徳川のポーズで、本命は石田三成一本釣りだった可能性も…

139: 名無し 2018/02/11(日) 08:48:32.16
西軍が勝利したら
史実と比較して諸侯の所領が大き過ぎる事態になるな 

豊臣宗家は諸侯に対するコントロールが効かなくなり
室町幕府のような弱い政権になるだろう

やがて、諸侯同士の合戦も頻発するようになり
再び戦国時代になるのではないか?

145: 名無し 2018/02/11(日) 12:40:51.89
>>139 
豊臣の領土が減るのは史実と同じっぽいな

149: 名無し 2018/02/11(日) 15:20:31.08
>>145 
秀吉には強力な直轄軍というものを形成する暇がなかったからな 
他人に領地大盤振る舞いしてようやく天下取れたという点で足利尊氏に酷似している 
所詮足利幕府の二の舞にしかならんわ

150: 名無し 2018/02/11(日) 16:09:12.76
まあ秀吉は100万石クラスの大大名である信雄や丹羽や蒲生を、戦を起こすことなく命令書1本で改易や大幅減封に処したり、上杉や伊達や徳川に国替えを命じて実行させている 

特定大名への追討令を発して
すぐに恩赦で引っ込めたりの朝令暮改の室町幕府とはやはり異なるよ 
ただ関ヶ原で西軍が勝利した場合は豊臣政権がそうなる可能性はあったが

151: 名無し 2018/02/11(日) 16:20:31.58
>>150 
それは秀吉個人の力だからな 
それを支える客観的基盤がないわけだから
秀吉が死んだ瞬間に足利幕府レベルの力しかなくなるのよ 
やはり秀次を潰したのが致命傷だった

141: 名無し 2018/02/11(日) 10:34:51.55
秀秋からみれば、 
光成から関白にしてやるといわれても
秀次事件を想起して震えたんじゃないかww 

むしろ家康が提示した上方2か国のほうが現実的な利益だ 
実際に拝領した備前美作の2か国が上方といえるのかは疑問だが

142: 名無し 2018/02/11(日) 11:00:28.78
備前美作は上方じゃねえなあw 
せめて播磨くらいじゃないと 
まあ文句言ったところでどうにもならん立場だからね

143: 名無し 2018/02/11(日) 11:01:16.05
まあその点播磨もらった池田輝政はさすが家康の婿だから優遇度が凄いわな

144: 名無し 2018/02/11(日) 12:00:07.47
池田は、親の敵の娘と結婚して正解だった。
命乞いしてもらえたし、所領は増えるし。

154: 名無し 2018/02/12(月) 06:38:38.28
毛利が裏切らなければ勝てた。

157: 名無し 2018/02/12(月) 09:05:39.78
>>154 
吉川広家がいなきゃ勝てたんだな?

160: 名無し 2018/03/11(日) 13:59:16.77
>>157 
文藝春秋などの最近の記事によれば
吉川の離反は東軍の勢いに恐れをなしての命乞いに近かった模様 

また西軍の行動は戦略的に不利化した大垣周辺からの急撤退であり
実際は東軍による追撃戦に近いとか

158: 名無し 2018/03/11(日) 13:46:12.92
豊臣政権は秀吉の個人商店でしかなかったんだよな 
大阪城や金銀が残ろうが後はカスな形骸に過ぎないって

159: 名無し 2018/03/11(日) 13:55:15.37
それだな 
全国販売してただけの人気店豊臣商店 
それが創業店主が亡くなって無能な息子とバカ嫁がくいつぶしただけ 
番頭も自分のことばかりで取引先をふりまわして信用をなくす 
大手取引先の徳川株式会社が助け船をだそうとしても反発 
ついには商圏もろともよそにもっていかれてエンド

161: 名無し 2018/03/11(日) 15:08:50.60
西軍が勝つには秀頼を担ぎ出すしかないが
流石に10歳前後の子供を戦場に駆り出すのは無理。 

なので秀頼の、誰も文句のつけようのない後見人、
まあ叔父か養父あたりを戦場に駆り出すしかない。 

叔父は既にこの世にいないので、
許嫁の父あたりを後見人として戦場に連れてくるべきだったね。 
結局、秀頼の嫁選びが一番の秀吉の失敗だった。

219: 名無し 2018/11/04(日) 21:53:16.91
>>161 
鎌倉幕府つぶした軍勢の大将は4歳児だぞ

172: 名無し 2018/03/13(火) 02:59:45.45
>>161 
許嫁の父は戦場に間に合わなかったが、祖父なら居た。

173: 名無し 2018/03/14(水) 00:03:37.46
>>172 
それ知ってる

163: 名無し 2018/03/11(日) 20:38:21.02
秀頼かつぎだす名聞もないよな 
徳川もべつに豊臣をないがしろにしてないわけで

164: 名無し 2018/03/12(月) 13:16:34.93
>>163 
そんなんなんでもいいんだよw 
家康の前田討伐、上杉討伐、後年の大坂攻め、全部難癖だろw

168: 名無し 2018/03/12(月) 20:59:40.40
>>163 
内府違いの条々で十分だろ 
あとは輝元が千成瓢箪と一緒に秀頼引き連れて毛利全軍が結集して動けばよかった 
つうかそれしか方法ない 

もっともこれで毛利勝ったら毛利が徳川になるだけで
豊臣家にとってなんもプラスじゃないけどなw

170: 名無し 2018/03/12(月) 21:04:29.21
>>168 
内府ちがいもさ、三成が言っても説得力ないよな

165: 名無し 2018/03/12(月) 13:54:11.29
上杉討伐は豊臣への敬意がたりない
謀反のための武装をしているとしているわけで。 
あくまで豊臣のために動いているのを止める西側があきらかに謀反なわけで。 
もちろん徳川が難癖王なのはわかってるよ 
でもそれはそれより後の話

166: 名無し 2018/03/12(月) 19:18:40.68
>>165 
秀頼を献帝、家康を曹操、三成を劉備、上杉を孫権と考えればいい

167: 名無し 2018/03/12(月) 19:54:22.75
>>166 
それはアリだな 
なんだかんだで三国志を引用するのは歴史を楽しむうえで
まあアリだわ

171: 名無し 2018/03/12(月) 21:06:58.13
輝元が元就だったら普通に西軍勝ってたなw 
裏切りが出るのも東軍からだろうよww

174: 名無し 2018/03/14(水) 05:48:01.62
>>171 
隆景が生きていたら毛利家はどう動いたか?

175: 名無し 2018/03/17(土) 09:28:10.79
西軍はもともと戦意が低いのだから、無理に決戦することなく、畿内に駐留して動かなければよかった。岐阜の織田秀信に少し援軍を出す程度でよかった。 

毛利輝元・石田三成・小西行長・恵瓊などの首脳は大坂城に本陣を置いて、動かなければよい。 タイミングを見て、天皇の仲裁の勅旨を得て、東軍と和解すればよかった。

176: 名無し 2018/03/17(土) 10:52:33.29
>>175 
如水が九州を平定し東上してきたら?

177: 名無し 2018/03/17(土) 16:58:06.20
>>176 
そいつが動くのは関ヶ原で東軍が勝ったあと。 
単独で戦うほどの器じゃないよ。

178: 名無し 2018/03/17(土) 17:50:56.49
>>177 
西軍が勝ったら?

179: 名無し 2018/03/17(土) 18:24:36.91
如水が九州で落としたのは西軍の城だから袋叩きになる

180: 名無し 2018/03/17(土) 18:43:29.28
吉川広家がおるから袋叩きにはならんよ 
どっちに転んでもいいように計算して動いている

183: 名無し 2018/03/18(日) 04:40:20.91
>関ヶ原で西軍が勝つにはどうすればよかったんや 

天下の名城大坂城に陣を敷けばよかっただけ

185: 名無し 2018/03/18(日) 15:18:59.50
>>183 
家康の最終目標は秀頼殺して徳川の天下にすることだから 
どさくさに紛れて秀頼殺しちゃうよw 

関ケ原の時に家康が秀頼殺してたら 
諸大名は一丸となって家康を攻めただなんて妄想 
前田は家康に生母を人質に取られてたし 
ほかの東軍大名もほぼ家康の姻戚

187: 名無し 2018/03/18(日) 19:45:37.68
>>185 
それなら上杉討ちにいくまえにやれること

189: 名無し 2018/03/19(月) 13:26:45.09
>>187 
そもそも秀頼に謀反をたくらんだから殺すべしとした前田利長が 
家康に人質を出して実母を江戸城へ送り 
家康に臣従の製紙を出しただけで「謀反無し、許す」になったわけで 
この時点で諸大名は家康を主君として動いている 

上杉に対しても謀反の心がないなら「徳川の城である江戸城に」 
人質を出せと要求している 
秀頼に人質を出せなどとは一言も言ってないし 
実際に秀頼になど人質を出しても家康は「殺せ」としか言わない

188: 名無し 2018/03/19(月) 13:18:15.81
>>187 
歴史を知らない奴だな 
家康は秀吉・利家が死ぬとまず最初に「前田征討」を発表した 
すると前田利長は家康に実母を人質として差し出し 
どうか家康の家臣にしてください私を攻めないでくださいとお願いした 
そこで家康は戦わずして前田を家臣にすることができた 

そこで家康は上杉にも同じことをした 
上杉も前田同様、実母なりを家康の人質に出して家臣になるはずだった 
それを拒否したので「さっさと人質出して家臣にならんかい」が上杉征討 
最終的に秀頼を殺すにしても
まず大老全員から人質とって家臣にしてからと思ったんだよ

190: 名無し 2018/03/19(月) 14:35:09.23
>>188 
歴史がどうこう、じゃないだろ 
秀頼殺すなら関ヶ原以前にやれてたってこと 
やらないでいた時点で
関ヶ原時点までは徳川に秀頼殺害の意志はないってこと

199: 名無し 2018/05/26(土) 10:57:01.67
>>190 
関ケ原前に家康が秀頼を殺せなかったからって 
なんで関ケ原の時の秀頼は絶対安泰なんだ 

関ケ原で勝利した家康は何でもできる立場

195: 名無し 2018/05/22(火) 13:56:18.05
どうも岐阜城早期陥落で全国的に流れが変わった。 

秀信に2000ほど援軍つけて籠城させ、清洲の正則らが攻城戦にてこずったところで宇喜多勢など伊勢方面軍をぶつけて野戦で勝てば行けるんでは。 

でも天下三分か4分で乱れそうだが。

196: 名無し 2018/05/25(金) 00:31:13.34
>>195 
中央で膠着すればする程
西で黒田が、東で上杉と伊達が勢力拡大しますね

202: 名無し 2018/06/08(金) 15:13:22.25
関ヶ原で西軍が負けた決定的理由 
大軍を擁する毛利が参戦しなかったからという簡単な理由 
毛利も上杉や黒田官兵衛と同じく関ヶ原が一日で終わると考えておらず
まず四国制圧、その後九州を制圧する算段だった 

大軍同士の決戦が一日で終わる例は多いね 
日本、ローマ帝国、イングランド征服

203: 名無し 2018/06/12(火) 21:26:32.14
徳川・前田連合と毛利・宇喜多・上杉のどっちが多数派でどっちに勝ち目があるかみんなが迷ってた。家康もパニックになり必死だった。 

それが、清洲勢の岐阜城陥落で流れが決まった。 

大垣勢で赤坂を強襲できれば流れを逆転するチャンスはあったが、兵力不足。 

伊勢路勢が遅く、行軍中に調略で半分中立化。
赤坂夜襲前に家康と小早川着陣で勝負あった。 

西軍の戦力分散が致命的失敗。
家康の反転が遅ければ、畿内をじっくり制圧しててもいいんだが。 
上杉北進を見極めて決戦場に向けて東海道を突進した家康のリーダーシップの勝利。 

輝元が正当性根拠の秀頼を手放せず出陣できなかったのは仕方ないが、 
濃尾平野への戦力集中は指示すべきだった。 
毛利の四国征伐はどうみても余計。 
中央で勝利すれば四国は論功行賞で取れるのに。

206: 名無し 2018/10/21(日) 14:31:31.45
北政所を西軍に引き込めれば勝ってた

211: 名無し 2018/10/23(火) 18:43:17.26
>>206 
その程度の理屈なら徳川家康を西軍に引き込んだ方が早いんでね?

207: 名無し 2018/10/21(日) 16:15:03.33
北政所はもともと西軍

220: 名無し 2018/11/06(火) 03:48:00.84
西軍が関ケ原に勝ったとしても次で負けそう

293: 名無し 2019/09/21(土) 19:02:38.38
>>220 
だからその場で家康を討ち取らないとダメ

221: 名無し 2018/11/06(火) 18:58:03.76
家康の寿命が尽きるまで「次」を起こさなければ勝てる。 
豊臣家の音頭をだれかが執れればだが。

223: 名無し 2018/11/07(水) 22:50:08.66
>>221 
豊臣の音頭を取っていたのが家康その人だったんですけど

224: 名無し 2018/11/07(水) 23:20:16.22
>豊臣の音頭を取っていたのが家康その人だったんですけど 

家康が寿命が尽きるまで豊臣家の音頭を執っていれば、西軍の勝ち。

225: 名無し 2018/11/08(木) 00:31:46.71
徳川家康を「豊臣政権の執権」につなぎとめ、徳川宗家代々がこの地位に就く形に持ち込めれば、豊臣政権は維持されたといえるわな。 

でも家康がそんな鎖を引きちぎって幕府を開いたのは、秀吉死去時で250万石という卓越した石高を持っていたから。これはもちろん、秀吉自身が関東に与えたものだが、これぐらいしないと転封を承知しないと思われていた。 

つまり、問題の源泉は、天正壬午の乱で家康の旧武田領蚕食を牽制しなかったばかりか、影で後押ししたという秀吉の致命的戦略ミスにある。あの時、家康ではなく上杉を支援して諏訪湖ぐらいまで取らせれば、家康は関東に移封させても100万石程度で済み、五大老筆頭のまま、豊臣政権を壟断するだけで済んだ可能性が高い。

226: 名無し 2018/11/09(金) 12:59:24.56
秀吉存命中に、秀頼、宇喜多秀家、福島正則、加藤清正のいずれかを征夷大将軍にしていればどうだろう?関ヶ原に勝っても、家康に幕府は開けない。

229: 名無し 2018/11/12(月) 23:13:39.29
>>226 
幕府を開いたらそれには逆らっちゃいけないと家康が考えていたとでも? 

秀家「さあ、オレは将軍だぞ」 
家康「知るか。宇喜多なんか滅ぼしたるわ」 


清正、正則「俺は将軍だぞ」 
家康「知るか。お前らなんか滅ぼしたるわ」 
清正、正則「すみませんでした、あなたに従います」 

大野治長「秀頼さまが将軍です」 
家康「知るか」→あとは史実のように

232: 名無し 2018/11/14(水) 13:40:32.53
>>229 
そんなことは考えてないよ。 
でも、関ヶ原後に将軍になったから、諸大名は臣下の礼をとったわけで、将軍になれなかったら、家康も諸大名も豊臣家臣のまま。 
家康が言うことを聞かすためには、豊臣を叩き、各大名をひとつひとつ潰していかなければならない。家康にそれほどの時間は残されてないよ。

251: 名無し 2018/11/18(日) 19:26:30.86
秀頼は豊臣家なんだから関白にはなれても武士の頂点である征夷大将軍はなれないんじゃないかな? 宇喜多や加藤や福島は血統の面から不安要素が多いし

255: 名無し 2018/11/19(月) 14:53:09.34
>>251 
豊臣政権当時、武家の棟梁は武家関白だよ。

261: 名無し 2018/11/19(月) 22:19:19.03
>>255 
秀吉が五摂家に取り入ったから関白になれたわけだから
あくまで貴族の官位じゃん?
武士の頂点は征夷大将軍だと思うんだけど

264: 名無し 2018/11/20(火) 12:42:18.72
>>261 
豊臣姓を下賜されて武家関白家となったよ。 
武家関白は貴族の官位ではなく、武家の棟梁として認知されているから、秀吉は将軍を置かなかったわけだ。自分の意のままに動かせる傀儡将軍が必要なら鎌倉幕府みたいに摂関なり親王なりを据えれば済むことだけど、そんなものは必要無かった。

266: 名無し 2018/11/20(火) 18:15:00.32
>>264 
あと気になったのは豊臣姓を下賜されたのは太政大臣になってからだと思ったんだけど違ったかな?

298: 名無し 2020/03/12(木) 12:45:43.49
>>266 
まぁ秀吉は関白を世襲するために結構裏技使ったからな… 
既にここらへんから綻びは始まってたのかもしれん。

238: 名無し 2018/11/15(木) 00:09:12.93
加藤清正や福島正則を征夷大将軍に任官させるような朝廷工作をだれがやるのか? 
それに朝廷だって一大名程度を征夷大将軍になんか任命するわけないだろ。

239: 名無し 2018/11/15(木) 02:03:19.83
>>238 
226では「秀吉が存命中に」とあるね。

243: 名無し 2018/11/15(木) 12:49:35.55
まず、任命の件。 
秀吉存命中ということは、対外戦争中ということ。
豊臣姓の外征将軍を征夷大将軍に任命することは道理にかなう。 
しかも秀吉の意思であれば、何の障害もないよね。

244: 名無し 2018/11/15(木) 23:34:51.03
次に将軍の権威の件。 
仮に加藤清正が将軍になり、その後歴史通りに関ヶ原が展開したとしよう。 

清正は東軍だし、将軍を罷免するわけにはいかない。 
そうなれば、家康は豊臣政権の大老として主君秀頼の名のもとに戦後処理をするしかない。
家康が諸大名を臣下にするのは、個別に行うしかなく、そんな状況で九州にいる将軍清正を倒すには何年かかるやら。 

さらに秀頼を滅ぼすとなると、時間がかかりすぎて家康の寿命が尽きるだろう。 
実力を伴わない将軍に従うものは少ないが、権威のない実力者に従う者もそう多くないのだよ。

246: 名無し 2018/11/17(土) 13:02:41.54
加藤清正は秀吉在世中は豊臣子飼いの一大名に過ぎないし、出自的に無理だろ。 
家康は任官された時点では400万石の石高と内大臣の官職をもっていたし、 
家系図を新田家傍流に書き換えて任官されるように土台を入念に準備している。

248: 名無し 2018/11/17(土) 23:33:07.14
>>246 
加藤清正と福島正則は豊臣姓で秀吉と血縁関係もあるから、少なくも秀吉存命中には問題なく征夷大将軍になれる。 外征将軍だしね。 

初代征夷大将軍坂上田村麻呂の出自は東漢氏で、それほど貴種というわけではないね。

250: 名無し 2018/11/18(日) 02:21:29.29
>初代征夷大将軍坂上田村麻呂の出自は東漢氏で、それほど貴種というわけではないね。 

少なくとも朝廷の直臣であり、豊臣の陪臣である福島や加藤と同列ではないし、 
近衛府勤務からスタートしていて、天皇に対する信任に至っては別格。 
そんなゴリ押しで朝廷相手に紛糾するぐらいなら足利家をそのまま継続させて将軍家とした方が効率が良い。

254: 名無し 2018/11/19(月) 14:51:52.08
>>250 
東漢氏は渡来系でもともと蘇我氏の陪臣のような氏族だった。 
同じ源氏とはいえ源頼朝の陪臣(御家人)だった足利氏が将軍になったわけだから、摂関家である豊臣姓の加藤、福島が将軍になるのがそんなに無理とは思えないな。 
小早川秀秋も関白になれると自他ともに思っていたわけでしょ?

256: 名無し 2018/11/19(月) 20:44:17.66
>東漢氏は渡来系でもともと蘇我氏の陪臣のような氏族だった。 

田村麻呂自身は近衛府から出仕して紛れもない直臣だし、天皇の信任は歴史的にも稀に見る厚さ。加藤や福島なんか当時の天皇からすればどこの馬の骨か分からぬ上に、秀吉の子分に過ぎない。秀吉がゴリ押ししたとしてもそのせめぎあいの姿を諸大名に晒し、時間を浪費するだけだろ。 

>同じ源氏とはいえ源頼朝の陪臣(御家人)だった足利氏が将軍になったわけだから、 

源氏の分家筋だし、全国の武家を二分する一方の指導者だろ 

>摂関家である豊臣姓の加藤、福島が将軍になるのがそんなに無理とは思えないな 

加藤や福島が豊臣本家を乗っ取る形で諸大名に号令する立場になり、家系図も源氏なりそれなりの家に書き換えればなれるかも。

258: 名無し 2018/11/19(月) 21:22:50.90
>>256 
坂上田村麻呂のときの桓武天皇と、秀吉が関白になって以降の天皇じゃ持ってる権力が全然違う。せめぎあいになんぞならんよ。 
実際、秀吉は臣下を内大臣やら大納言にもしている。 

あと、足利が源氏の分家筋なら、加藤福島小早川も豊臣の分家筋。 
豊臣は摂関家で武家の棟梁だから、わざわざ源氏になどなる必要はない。 
あなたは、源氏や将軍を特別視しすぎなんじゃね?

257: 名無し 2018/11/19(月) 20:46:43.28
豊臣の家臣内ですら内輪もめするような加藤や福島が 
征夷大将軍を名乗るだけの統率力には値しないだろ。 
足利のような確かな血筋でもないし。

259: 名無し 2018/11/19(月) 21:24:45.53
>>257 
足利も実に盛大に内輪もめしてたよな。

262: 名無し 2018/11/19(月) 22:20:29.55
>>257 
文治派vs武断派の熱い内部抗争

265: 名無し 2018/11/20(火) 12:50:38.44
>>257 
鎌倉幕府四代将軍は摂家の非嫡子で、しかも3歳の幼児だったから、摂家分家筋も統率力も天皇の信任も全く問題にならないということだな。

268: 名無し 2018/11/20(火) 19:47:13.91
>>265 
ある程度支える武力があればな 
鎌倉には北条がいたから将軍が雑魚でも倒れなかった 
しかし豊臣にはそんな勢力はないんでね 
徳川が絶対服従なら話は別だけど

267: 名無し 2018/11/20(火) 18:20:06.39
坂上田村麻呂は長年失敗してきた奥州平定に成功したし、天皇の近臣として厚い信頼を寄せられた。 頼朝や尊氏は源氏の血筋で、しかも多くの武家従えていた。 

福島や加藤は豊臣の配下としては猛将かもしれないが、それまで叙任された征夷大将軍 
としては豊臣家配下として同僚といさかい起こしている程度の人物で小物過ぎるし、血筋も頼朝や尊氏に比べ不確か、大名としても20万石程度と小身。

少なくとも利家のように仲の悪い三成と清正を丸め込んでまとめる度量ぐらいは必要。

273: 名無し 2018/11/22(木) 20:41:18.24
つうかだなあ、太閤が自ら乗り出して、隣国の征服作戦に邁進しているその期間に、 
何が悲しくて、部下にわざわざ征夷大将軍になってもらおうとするんだよ('A`) 

そんなわけわからんことをして、唐入りの作戦遂行に、何かプラスにでもなることがあるのか?

276: 名無し 2018/11/23(金) 03:53:09.42
唐入りしたことがすべての元凶だな 
朝鮮の冬の寒さに耐えきらず凍死者だしてるようじゃ華北も占領できん 
戦力以前にそうしたことがダメ

277: 名無し 2018/11/24(土) 03:53:14.43
>>276 
満州は関係ないでしょ 
戦とは兵站で決まるもの、当時に三成より優れた人はいない

278: 名無し 2018/12/12(水) 18:46:37.51
家康の将軍就任は、秀頼家臣から家康家臣に鞍替えしたかった諸大名に口実を与えた訳で、
将軍職を長生きしそうな別の奴にくれとくのは面白い嫌がらせ。 

清正とか武張った奴に与えるより、ひょうげ者に与えて、将軍職の権威を落としておく方がいいと思うが。 

しかし、将軍職は口実であって、その前の事実としての権力交代を防がないとな。

279: 名無し 2018/12/13(木) 12:46:45.52
>>278 
古織将軍ですか(笑) 
それはそれで面白いですね。 
ただ、あまり小者だと、将軍ごと担がれてしまうリスクがありますね。 
そこそこ力があり、できれば秀吉と血縁のある豊臣姓のものが最適かなとは思います。

283: 名無し 2019/01/02(水) 19:43:16.39
どうすれば西軍が勝てたか? 
もう答えは出ているだろ。 
秀頼が出陣するだけで勝てたはずだ。 
西軍の陣頭に秀頼が自ら立ちはだかれば、
東軍の軍勢はことごとくその場にひれ伏し、
戦にもならなかっただろう。

284: 名無し 2019/01/02(水) 20:32:50.24
>>283 
見なかった事にして押しきるのでは?

285: 名無し 2019/01/02(水) 21:58:39.15
>>284 
鳥羽・伏見のときの明治帝は幼かったけど慶喜は撤退したが

288: 名無し 2019/01/03(木) 02:15:54.53
日本人の戦争には常に正義と悪がある 
帝を担いだら正義 
それ以外は悪 
指導者はこれを無視する事ができない 
民衆が納得しないからだ 
当然納得した兵士と納得しない兵士で戦えば結果は見えてる

296: 名無し 2020/03/11(水) 00:19:01.74
家康領を分割しないと無理 
秀忠を江戸20万石 
秀康の結城10万石 
四天王も各10万石で他所に移す

297: 名無し 2020/03/12(木) 12:36:21.54
てか秀吉が死んだ時点で
豊臣政権=徳川政権くらい家康に全部委ねてるから
西軍に勝ち目ゼロ。

299: 名無し 2020/03/12(木) 18:06:32.07
天下の豊臣が全力出しても倒せなかった徳川を、 
一奉行に過ぎなかった石田がどうやって倒す? 

無理だろ。三成に非はない。

300: 名無し 2020/03/12(木) 19:12:26.92
>>299 
秀吉が死んだ瞬間、すげー勢いで家康に擦り寄るってのはどうだ?

302: 名無し 2020/03/13(金) 15:44:04.25
万が一、関ヶ原で家康が敗れても
家康さえ生きていれば無傷の徳川本隊が残っているから
何度でも復活戦できる 

関ヶ原で1回負けただけで終了してしまった西軍とは大違い

303: 名無し 2020/03/13(金) 17:32:52.95
>>302 
裏返せば家康さえ
ゴルゴ13が討ち取れば東軍は烏合の衆で崩壊だな 
総大将の代わりがいない 

ゴルゴは冗談だが
桶狭間合戦のように家康本陣だけを奇襲して
家康を討ち取る軍師が西軍にいればな 

秀吉が天下を取った後に軍師の黒田官兵衛を冷遇していなければ
官兵衛が秀吉死後の豊臣家を守るために知恵の限りを尽くしてくれただろうに

311: 名無し 2020/03/14(土) 10:07:11.80
>>303 
それは言えてる官兵衛を恐れたからというが
それなら家康に250万石もの大領地を与えたのはうかつすぎる 
もっと分散させなきゃ

313: 名無し 2020/03/14(土) 10:29:27.54
>>303 
それができたとしたら吉川広家だったと思う 
東軍とは関ヶ原開戦前に内応していたと言われるが
それを土壇場で反古にして毛利勢が山を下り背後から家康を襲えば
桶狭間の再現になったかも知れない

304: 名無し 2020/03/13(金) 18:20:33.24
家康本隊だけでも西軍主力と同じくらいいて
さらに最前線に犬どもが頑張っているのに
西軍の誰がどうやって家康本隊まで突撃出来るかねぇ。

306: 名無し 2020/03/14(土) 05:41:40.77
>>304 
らっぱで暗殺とか無理なん

307: 名無し 2020/03/14(土) 08:17:48.63
>>306 
家康は伊賀と甲賀が味方してるし、 
剣豪柳生一族まで付いてるから並大抵の連中じゃ無理そうじゃないか。 

冬の陣だが、豊臣の決死隊が秀忠襲ったけど柳生宗矩一人に蹴散らされたし。

312: 名無し 2020/03/14(土) 10:28:51.97
>>307 
実際の忍者の役割は逃走補助と情報収集 
戦闘能力は低い 
ましてや暗殺なんて無理

319: 名無し 2020/03/14(土) 14:32:36.09
>>312 
花の慶次に出てくる忍者は強すぎるな

305: 名無し 2020/03/13(金) 21:00:23.51
個人的には
なんで三成は小早川秀秋なんてのを自軍に組み込んでたんだ…? 
伝説を加味してもとても豊臣に忠義感じてそうには思えないんだが…

310: 名無し 2020/03/14(土) 10:00:15.83
>>305 
徳川家康も律儀もので通ってたらしいから
秀吉ってひとたらしとか言われるわりに人を見る目がないな 
最も心の底から秀吉を尊敬しついていった人間がどれだけいたのやら 
晩年こ数々のやらかしで人心は離れてったからこそのしょぼい結末

314: 名無し 2020/03/14(土) 10:42:34.72
>>310 
実際、家康は戦国時代基準で見ると無茶苦茶律儀者なのよ。 
恩義にはかなり忠実だし、その上交友関係がかなり広い。 

織田から成り上がった秀吉は、悪く言えば織田を乗っ取って天下人になったから旧織田家臣団を抑えてくれる管理職は何人いても足りんくらいだった。 

信長の盟友で、律儀者の家康は最高の人材だった

327: 名無し 2020/03/20(金) 06:40:52.95
小牧・長久手の敗北って豊臣の終わりの始まりだよな 
ここで完勝して家康をぶっ潰せば、歴史は変わってたろ

328: 名無し 2020/03/20(金) 20:54:46.75
>>327 
秀次が潰されたのが痛過ぎる。負け方が酷い。
敵の背後取ろうとして背後突かれて壊滅とか聞こえも最悪だし… 

地震がなければ、とか言われてるけど
徳川も北条・伊達等に反秀吉連合呼びかけてたから
和睦して無かったらマジでここが最終決戦だったな…

330: 名無し 2020/03/21(土) 16:59:28.55
>>327 
その通りだと思う。 

堺は秀吉が押さえていたのだし、イエズス会のキリシタン大名たちも秀吉側だったのだから、高山とか小西とか蒲生とか黒田とかの神がかったカルト兵の鉄砲隊で圧倒すれば、徳川家康を滅ぼすことは可能だったはず。 

関ケ原時点では、もう手遅れだよね。政権に全然人望が集まってなかったし、秀頼は秀吉の種ではないことは皆が知っていたし。キリシタン禁教を解除して、信仰を許すって布告して、高山右近とかを呼び戻せれば、すごいことになったかもしれないが。

331: 名無し 2020/03/22(日) 06:46:07.22
朝鮮出兵したおかげで豊臣政権は内部崩壊 
反石田派が家康に味方してしまった 

朝鮮出兵でなく第二次関東出兵で家康を滅ぼしていたら
豊臣政権は続いていただろうに

332: 名無し 2020/03/22(日) 20:50:21.75
>>331 
動機が無いってのが最大のネックだな 
北条を攻めた時の軍功考えると領土増やさないといけなかったし…

333: 名無し 2020/03/22(日) 23:08:02.33
>>332 
無いものを作るのが政治 
関ヶ原前に家康に攻撃されそうになった上杉にも
大軍おくられるようなことはしてない 
直江状も架空なんて話もある

336: 名無し 2020/03/23(月) 00:00:01.12
>>333 
北条攻めの前だと北条とタッグを組んで大戦争になるし、 
北条攻めの後だと軍功あった奴に毒盃で応じたことになって豊臣の人望が地に落ちるし… 
大義名分に拘ると家康は潰し難いとは思う。 
しかも家康は義理の弟だし…

338: 名無し 2020/03/23(月) 15:43:20.12
なぜ秀吉は家康を暗殺しなかったのか 
宴会にかこつけて目障りな部下や政敵殺すなんて中国じゃお家芸なんだが 

考えられる理由その1
そもそも秀吉は家康を敵と見なしてなかった 
将来の禍根と見ていなかった 

理由その2
家康を警戒し、やりたかったができなかった。家臣のガード等硬すぎて無理 

理由その3
物理的にはやろうと思えば可能だった 
しかし、集団統治型の当時の日本では謀反の疑い
命令違反をしていない律儀物の家康を殺すことは、大名の支持を失い 
それが豊臣政権にとって致命的になってしまい無理

339: 名無し 2020/04/04(土) 20:41:02.49
秀吉晩年期では家康は対武家では信長の盟友、律儀者という評判から豊臣政権と武将達の折衝役を務め、対朝廷では、秀頼が成人するまで大臣職を五摂家より守護する重石となっていた。 

また、秀吉は家康が源氏の一族で、故に将軍を狙っているとも知っていたが、朝廷での工作が功を奏して家康が将軍になる可能性は無かった。 

だから家康が天下を握るなら秀頼を奉じるしかないと考えた。 
この考えは半ば当たってはいた。

253: 名無し 2018/11/18(日) 23:36:34.79
四の五の言わずに三成が単体で東軍蹴散らせば良かったんだよ

263: 名無し 2018/11/19(月) 22:21:46.27
>>253 
関ヶ原での三成って
細川と黒田に入れ代わり立ち代わり攻め込まれても
頑張って持ちこたえてたよな