1: 名無し 2015/12/29(火) 13:24:03.83 0
どれが一番強いの?
2: 名無し 2015/12/29(火) 13:34:12.78 0
スペインが征服できた所って、
ユーラシア大陸以外の無茶苦茶に未開な所だけ。
鉄すら存在しない所を征服しただけで、インドも中国もアラブも無傷。
オスマン帝国には押されまくり。

8: 名無し 2015/12/29(火) 15:31:45.75 0
>>2
せやな
つか16世紀はまだまだ帝国主義なんかじゃなくて
せいぜいが原住民しかいないような未開の国を滅ぼすくらいが関の山だしな
西洋優位の今の価値観を当てはめて考えるからわからなくなる
この頃はまだまだアジアの帝国が優位

3: 名無し 2015/12/29(火) 15:04:46.52 0
日本に決まってる
スペインが日本征服は無理と認めるくらいだからな
当時の日本は世界最強国家

日本>>>>>>>>>雑魚オスマン>ヨーロッパ笑

これが真実

8: 名無し 2015/12/29(火) 15:31:45.75 0
>>3
・フィリピンなどと違って組織的な抵抗をしてくる
・兵器や戦術が強力
・為政者が軍人
・商人の統制が強く、金品での懐柔が難しい
つけ入る隙が無いんだよなあ

12: 名無し 2015/12/29(火) 21:15:06.18 0
>>3
最強だったら明征服できたことね?

4: 名無し 2015/12/29(火) 15:11:48.91 0
十字軍遠征は結局失敗
ドイツ・ポーランド連合軍がモンゴル軍に惨敗
ヨーロッパ諸国が束になってようやくオスマン帝国と対等
スペイン宣教師「日本を植民地にするのは無理だわ」

中世ヨーロッパって軍事的にはしょぼいな

5: 名無し 2015/12/29(火) 15:26:07.66 0
専守防衛なら日本もそこそこいけなくはない。
わざわざ来ていただけるか甚だ疑問だが

7: 名無し 2015/12/29(火) 15:29:41.07 0
>>1
時期によるが豊臣政権期ならオスマンだろ

13: 名無し 2015/12/29(火) 21:33:38.38 0
>>7
豊臣政権期はオスマンはもう下り坂
この時期君主のカリスマも低下し明ほど酷くないものの、
官僚支配と戦意技量の低い軍隊になっていた。
戦闘だけなら豊臣政権が勝利したのではなかろうか
カリスマ・スレイマン1世時代なら戦闘互角かも

ただ四方を海に囲まれた日本と
東西北の三方を敵に囲まれたオスマンとでは
条件が違いすぎて比較が難しい

同じことはスペインにもいえて、
四方を自然国境に囲まれ恵まれていながら、
オランダという経済重要地域に敗北し、
あまつさえイングランドに敗北してしまったスペインもいまいち。
軍事的には豊臣政権が勝利できたかも

というわけでこの時期の4国の比較では戦闘に限っては日本かな

9: 名無し 2015/12/29(火) 15:46:30.32 0
白村江の戦い  〇唐 VS 日本●
文永弘安の役  ●元 VS 日本〇
文禄慶長の役  〇明 VS 日本●
日清戦争    ●清 VS 日本〇
日中戦争    〇中華民国 VS 大日本帝国●

10: 名無し 2015/12/29(火) 19:40:33.11 0
>>9
文禄・慶長の役も日中戦争も戦闘では中国ボロ負け
軍事的に中国が日本に勝てたのは白村江くらいだろ

39: 名無し 2015/12/30(水) 00:31:25.53 0
>>9
結局これ攻めこんだ方が負けるってだけの話だよな
日清戦争は例外だけど

41: 名無し 2015/12/30(水) 00:59:09.17 0
>>39
汽船の無い時代には海越えの征服など無理だった。

ただし統治されてない未開地の征服なら可能。
未開地でなくても群雄割拠状態ならその割拠する群雄の一つとして参入可能。
例:ノルマンコンクェスト

93: 名無し 2016/01/01(金) 17:38:59.64 0
>>9
蒙古が攻めてきたのが鎌倉時代なのが救いだったな
これが平安時代の麻呂だったら負けていた

96: 名無し 2016/01/02(土) 12:31:18.24 0
>>93
もしそうだったら中国の一部になってたね

99: 名無し 2016/01/02(土) 13:27:53.18 0
>>93
平安末期だったらそうでもないかも。
源氏、平氏を頂く武士団が全国規模成立してたから。
平安期の武士の戦闘力もかなり高かった。
規模は小さいが道長の時代に
九州武士団だけで刀伊を撃退してるからね。

235: 名無し 2016/01/10(日) 20:32:15.35 0
>>9
正しくはこうだな

文禄慶長の役  ▲明 VS 日本△
日中戦争    〇アメリカ合衆国 VS 大日本帝国●

文禄慶長の役の理由は明白、終始日本側の優勢だったが
秀吉の病死で作戦自体がリセット

後の明史でも
「自倭乱朝鮮七載、喪師数十万、餉数百万、
 中朝与属国無勝算、至関白 死而禍始息」
(意訳)「秀吉が死ななきゃいずれ俺等はやられてた」とある
日中戦争については言うまでもない、
日本を倒したのは国民党軍ではなく米軍だから


11: 名無し 2015/12/29(火) 21:12:56.71 0
元寇はもし嵐が来なかったらどうなったか気になる

98: 名無し 2016/01/02(土) 13:12:03.42 0
>>11
遠征が成功したかどうかは、はなはだ疑わしい。

一日の戦闘後、陸に留まらず船に引きあげてたってことは、
鎌倉武士を恐れてた証拠。
それに船に引きあげてたからこそ、嵐であれだけ大損害を受けた。
それに二回目では、なかなか上陸できず海上をうろおろしてたのも、
日本側の手強さが骨身に染みてたから。

235: 名無し 2016/01/10(日) 20:32:15.35 0
>>11
台風はまったく関係ない
文永の役は11月、しかも引き揚げ途中の暴風雨遭遇
台風で引き上げたわけじゃない

弘安の役は暴風雨の襲来以前に拠点すら作れず
暴風雨以降も戦闘を続けたが日本軍の完勝

寺社が恩賞を貰う際に神威を強調
→神国思想に転化
→戦後は外交を知らない無謀との決めつけ

さらに日本の武士は集団戦法。

14: 名無し 2015/12/29(火) 21:41:56.54 0
ただ日本は水軍が弱いのが痛いな
海戦ではスペイン>オスマン>>日本=明かね

16: 名無し 2015/12/29(火) 21:47:30.72 0
>>14
あと大砲がほとんど無いことも弱点
スペインもオスマンも明も大砲は主力兵器として多数装備してる

53: 名無し 2015/12/30(水) 13:05:54.52 0
>>16
日本の軍事組織って
地形的制約や後には生産力や予算の関係で大砲が運用しにくいから
それを歩兵の重装備化で解決しようという風潮が強いのね。
戦国時代の鉄砲にしろ、旧軍の機関銃や擲弾筒にしろ、
戦後自衛隊の対戦車ミサイル山盛り装備にしろ

17: 名無し 2015/12/29(火) 21:48:29.75 0
オスマン帝国は海軍もそこそこ強かった
プレヴェザの海戦で
スペイン・ ヴェネツィア・ローマ教皇の連合艦隊を破ってるし

15: 名無し 2015/12/29(火) 21:45:14.66 0
各国の人口(1600年時点)

日本 2200万人
李氏朝鮮 500万人
明朝 1億5000万人
イベリア帝国(スペイン・ポルトガル) 1050万人
オランダ 150万人
ブリテン諸島全体 625万人

18: 名無し 2015/12/29(火) 22:09:20.54 0
スペインはイタリア+ベルギーで1500万ぐらいはいる

20: 名無し 2015/12/29(火) 22:19:29.74 0
だいたいスペイン領のナポリ王国とミラノで
イタリアの人口の4割ぐらい占めてると考えて
スペイン領イタリアで人口500万
それプラスベルギー150万で
今のフランス領アルトワやフランシュコンテも支配してたから
スペインの人口は最低でも1700万越えぐらいかな

21: 名無し 2015/12/29(火) 22:30:39.50 0
宣教師フロンソ・サンチェス (スペイン国王への手紙より)

シナ人は自国のおびただしい人口に自信を持っているものの
スペインのわずかな鉄砲隊で
何百万人ものシナ人を滅ぼせるという事が理解できていない。

先年僅か13人の日本人の搭乗した小舟が一艘渡来し 
3000人以上のシナ人に包囲され、洞窟に閉じ込められたが
彼らはそこから脱出するや
直ちに多数のシナ人を殺してしまった。

シナ人は彼らを一昼夜に渡り包囲しながらも攻撃を加えることができず
脱出した日本人は近くの海岸に行って舟を奪い
それに乗って逃げてしまった。
シナの征服は日本人の軍事力を利用すべきである。

51: 名無し 2015/12/30(水) 10:31:14.77 0
>>21
ちなみにアヘン戦争時のイギリスは清の正規軍には圧勝してるけど
平英団には結構苦戦させられてる

22: 名無し 2015/12/29(火) 22:35:04.97 0
陸戦 日本=オスマン>>スペイン=明
海戦 スペイン>オスマン>>日本=明

215: 名無し 2016/01/10(日) 16:30:55.79 0
>>22
倭寇で東アジア一帯の海岸地帯を恐怖のどん底に突き落とした
日本人水軍(=海賊)の実績があるだろう

海戦でも日本は最強レベルだよ

ただ、
豊臣と徳川の臆病者が大型船舶の建造と海外渡航を禁止したから
廃れただけ

23: 名無し 2015/12/29(火) 22:44:07.03 0
16世紀ならむしろサファヴィー朝だろ。
世界史は西洋視点だからオスマンはやや過大評価。

明は秀吉やヌルハチ相手にあの体たらくだったが
当時の明朝は完全に衰退期の暗黒時代だった。
でも15世紀の頃は間違いなく世界最大の超大国だったんだよなあ。
永楽帝の頃なら室町幕府なんて相手にすらならなかっただろうね。

ただ明が日本に攻めるとなると話は別。
明より国力がずっと上だった大元ウルスですら失敗してるんだからね。
実際に日本と同じようにモンゴル撃退したベトナムは
明の時代にも攻め込まれてるんだが元の時より遥かに簡単に明を撃退してる。

27: 名無し 2015/12/29(火) 22:58:30.00 0
日本は朝鮮出兵みる限り動員力15万だが戦闘で多くて4-5万ぐらいだ
だいたいスペインと同じくらいだな
国内戦だともっといくが補給考えると参考にならん
ちなみに中国も国内戦だと数十万同士で戦うケースがあるが
対モンゴルや朝鮮出兵みるかぎり10万ぐらい

28: 名無し 2015/12/29(火) 23:06:33.60 0
>ちなみに中国も国内戦だと数十万同士で戦うケースがあるが
 対モンゴルや朝鮮出兵みるかぎり10万ぐらい

意外とそこまで多くはないんだな(補給の問題もあるんだろうけど)
隋なんて高句麗遠征で100万程動員してるが、
ああいうのは例外中の例外か

29: 名無し 2015/12/29(火) 23:16:24.60 0
高句麗遠征は完全に盛ってるから
当時の高句麗の人口が100万とか200万とかそんなんだから
基本遠征は現地徴収も重要だからそんなところに
100万の兵連れてったら飢え死にする

30: 名無し 2015/12/29(火) 23:19:48.96 0
中国の記録って
明らかに誇張と解るようなオーバーな数字の嵩ましするけど
あれ自分達が後で振り返ったとき困んなかったのかね

31: 名無し 2015/12/29(火) 23:27:01.11 0
困るだろうけど気にしないんでしょ
まぁ古今東西盛る文化はあるからね
インドとかもひどいらしいし
ヘロドトスもペルシャ兵数百万とか誇張してる

32: 名無し 2015/12/29(火) 23:28:42.32 0
当時の明軍のだめだめ振りと倭寇の日本人の優秀さは戚継光が記している
当時の明軍は表向きは軍戸(軍籍家系)から出来ていたが、
軍役以外の様々な苦役があり逃散していたため、募兵制がとられたが、
応募してくるのは食い詰め人ばかりで、軍隊を救貧院と考えている連中だった。
司令官は世襲制で無能でも司令官についた。
このような烏合の衆から構成される軍隊は数だけ多くても何の役にも立たなかった

戚継光は、募兵基準に、都市民は除外するようにし、
基本的に素朴な農民青年を雇い、倭寇(の日本人部隊)の組織力や武器を研究し
集団戦法と規律を厳格化して倭寇と転任先のモンゴル軍の撃退に成功した。

戚継光の軍隊はあくまで例外であって、
戚継光が否定した「現状の明軍」が明の実態であった一方、
倭寇(の日本人部隊)は当時の武士の軍事力の最低ラインであった
筈なので、明と日本軍の軍事力の差は圧倒的だった
(文禄・慶長の役では明軍の数だけ軍隊もそれなりに効果はあったが)

34: 名無し 2015/12/29(火) 23:48:54.05 0
明末の破滅感は半端ない
皇帝は暗君だらけ、宦官による専横、官僚は無能、袁崇煥のような名将を凌遅刑
勝手に自滅したようなもん

35: 名無し 2015/12/29(火) 23:51:16.13 0
清が明を征服したと思ってる人が多いが
本当は明が勝手に自滅したところに清が乗り込んできただけ。

36: 名無し 2015/12/30(水) 00:10:06.31 0
この時代はムガール帝国も強いんじゃないの?

43: 名無し 2015/12/30(水) 07:53:58.55 0
>>36
ムガールも大帝国だが流石にスレタイの4国と比べると見劣りするな
サファヴィー朝にもたびたび負けてるし

52: 名無し 2015/12/30(水) 12:46:41.47 0
>>43
ムガールが桃山日本より下になるの?
時期的に初期の頃ならそうかもしれないけど

61: 名無し 2015/12/30(水) 21:53:06.18 0
桃山時代のアクバルはサファヴィー朝と戦争してないから>>43は誤り
>>43は17世紀のムガールのことをいってるんだろう

37: 名無し 2015/12/30(水) 00:16:42.94 0
秀吉の朝鮮出兵に対する日本vs明の勝負なら、
結果だけを言えば日本側が撤退し明が防衛に成功したので明>日本
同時期のオスマン帝国はキョプリュリュ家の統治が一時的に断絶して混乱
ハプスブルク家・サファヴィー朝との長期戦中で内乱まで勃発
同じくスペインは英西戦争中で、結果的にはスペイン優勢下の引き分け

明と他2国を比較する術がないが、明>日本で構わないだろう

38: 名無し 2015/12/30(水) 00:20:59.68 0
明は超大国だから地力が違う
16世紀は世界史として面白い時代だったと思うなぁ

45: 名無し 2015/12/30(水) 08:20:36.75 0
「The Grand Strategy of Philip II」Geoffrey Parker
の202頁に1587-1588年のスペイン軍の兵力の記載があってそれによれば

・スペイン、北アフリカ、ポルトガル
アルマダ乗船 19,000
要塞守備兵  29,000

・イタリア
ミラノ  2,000
ナポリ  3,000+ガレー船22隻
シチリア 2,000+ガレー船10隻

・海外
ポルトガル領アジア 5,000
スペイン領アメリカ 8,000

・ネーデルランド
英国侵攻軍 27,000
要塞守備兵 40,000

合計135,000

46: 名無し 2015/12/30(水) 09:22:27.77 0
アルマダ海戦じゃ
砲数2400門のっかってたからな
両軍あわせて4000門ぐらいか
海軍能力は西が圧倒的すぎる

47: 名無し 2015/12/30(水) 09:25:42.37 0
鄭和「そうだね」

48: 名無し 2015/12/30(水) 09:27:32.67 0
鄭和の船なんてでかすぎて大砲乗せたら沈むわ

50: 名無し 2015/12/30(水) 10:28:27.39 0
鄭和の船は10本ぐらいマストがあるから大変だよ
ゆるい海域で大勢の人間を運ぶための船だな

54: 名無し 2015/12/30(水) 13:06:16.42 0
戦国日本最強言ってるのはネットのアホに限らんからなあ
右派的な作家やらが書いた歴史本でも当然のような論調で出てくる

55: 名無し 2015/12/30(水) 13:41:35.64 0
鉄砲数も世界一とかいってるけど
具体的な史料にでてくる数値は大して多くないし
妄想が一人歩きしてる

56: 名無し 2015/12/30(水) 17:40:55.62 0
>>55
しかも上にもある通り
大砲がほとんど無いことも考慮すれば
火力は当時の世界の主要国で最小クラスだろ。

57: 名無し 2015/12/30(水) 17:55:38.27 0
ノエル・ペリンの著作しかないからね。
信長や九州のキリシタン大名が鉄砲をいっぱい持っているので
日本全国に大名がいっぱいいたので
いっぱいあったに違いないという推測だし。

58: 名無し 2015/12/30(水) 18:07:15.62 0
日本の都市は城壁を築かないのが普通なので
壁を崩すための大砲はあまり必要とされなかった
山がちな地形が重たい大砲の持ち運びを困難にした
硝石を産しないため一度に多くの火薬を用いる大砲の使用は敬遠された

理由としてはこんなところか?

62: 名無し 2015/12/31(木) 01:55:55.15 0
>>58
『鋳造工学』第76(2004)巻7号によると、
・日本の鉄は大砲向きじゃない
・輸送経費込みでも輸入した方が遥かに安い

59: 名無し 2015/12/30(水) 20:02:03.29 0
慶長19年(1614年)12月10日、
徳川家康は大坂城の豊臣方に対し投降を促す矢文を送り

11日には
甲斐や佐渡の鉱夫を動員して南方より
土塁・石垣を破壊するための坑道掘削を始めた。

13日
家康は大名一人につき50本の熊手付き梯子を配っている。
更に、船場の堀の埋め立ても命じた。

そして16日から全軍より一斉砲撃が始められる。
北方の備前島だけで大筒100門と石火矢が本丸北側の奥御殿に、
南方の天王寺口からはこれまでの総構から本丸南方の表御殿千畳敷に
目標を変更した砲撃が和議締結まで打ち込まれ続けた。

この砲撃では国友製3貫目の大砲が用いられ、
また芝辻理石衛門が作った大砲が使われた。
この後者は世界的にも珍しい鍛造で作られた鉄製の大砲である。
この大砲の実物は現在、靖国神社の遊就館に奉納されている。

その他、6月頃にイギリスより購入した
カルバリン砲4門、セーカー砲1門や
7日前に兵庫に到着したオランダ製4・5貫目の大砲12門(半カノン砲に比例)
も含まれていると思われる。
この砲声は京にも届き、その音が途切れることはなかった。

63: 名無し 2015/12/31(木) 08:18:37.16 0
明>日本
こうとして、あと二つは?

64: 名無し 2015/12/31(木) 09:44:00.58 0
1600年前後のオスマンならスペインと同じくらいじゃね

65: 名無し 2015/12/31(木) 10:11:41.96 0
1600年はスペインもオスマンも明も下り坂
日本はパクス・トクガワーナの前段階で戦国の気風もまだまだ強い頃

69: 名無し 2015/12/31(木) 11:10:09.51 0
世界三大パクス

パクス・ロマーナ
元祖ローマの平和。広大な領土に高度な文化、世界史的黄金時代。
偉大な建造物の数々は圧巻。

パクス・アメリカーナ
現代の超大国アメリカ。巨大な軍事力、経済力を兼ね備えた一極体制。
ヨーロッパ諸国を従えた自由主義の覇権は圧倒的。

パクス・トクガワーナ
戦国の勝者徳川幕府。主に日本の関東地域の領土に加え地方大名を統制した。
その威光は琉球から朝鮮まで多大な影響を及ぼすほど。

75: 名無し 2015/12/31(木) 14:56:22.37 0
>>69
そこは、パックスタターリカを入れないと。

432: 名無し 2016/05/01(日) 01:45:49.25 0
>>69
パクス・ブリタニカがローマと二強だな

71: 名無し 2015/12/31(木) 11:21:39.35 0
大砲大砲というが欧州だって
あの時代のスペイン方陣無双を考えるに
野戦での威力は大したことないんじゃない?
まともに野戦に使えて威力を発揮するのは
もう少し後の時代だと思うが

73: 名無し 2015/12/31(木) 11:51:15.86 0
>>71
大したことないなら使わねーよ
どの国も使ってるんだから威力はある
だいたい日本も朝鮮で苦労してるし

82: 名無し 2015/12/31(木) 19:34:12.10 0
>>73
大したことないは言いすぎだが、
火砲の運用がまだ確立していなくて敵への損害が限定的であったことは事実。
テルシオという運用自体が火力が不足してる戦場でしか通用しなくて
それがそこそこ長い期間猛威を振るったということは
欧州式軍隊の野戦での火力はそんなもんだと言うことだ

84: 名無し 2015/12/31(木) 20:03:57.16 0
>>82
百年戦争末期のカスティリヨンの戦いとか火砲活躍しとるじゃん
まだまだ防御的な兵器で塹壕や野戦築城がないと
まともに運用できなかったみたいだけど

テルシオも三十年戦争後半のロクロワの戦いで
フランス軍にボコられて衰退を余儀なくされてる
フランスの軍事革新力はもう少し評価されていいかも

88: 名無し 2015/12/31(木) 20:42:44.49 0
>>82
大砲は相手をビビらせる心理的な影響もでかいんだよ
射程距離もずっと長いしな
それに海戦だと大砲が勝敗を決するし
1600年ぐらいだと野戦砲は大陸だと必需品になってるけどね
少なくとも火力が薄かった
テルシオ初期(1500年頃)と比べものにならないと思う
どんくらい効果があるかは正確にはわからんけど

77: 名無し 2015/12/31(木) 18:19:28.52 0
ちなみに戦後すぐに勃発した朝鮮戦争で
米国は中国と痛み分けに終わってしまい
英国との独立戦争で勝利して以来、
米国にとって歴史上初めて勝利出来なかった戦争となった
世界征服はもはや不可能である、
という現実を米国に最初に突きつけたのは中国だった

81: 名無し 2015/12/31(木) 19:14:24.02 0
>>77
あんなん人海戦術で死人出しまくりながら戦ってただけじゃん
仮に中国人全てを兵士にして投入しても
当時の米軍なら余裕で殲滅出来たぞ
世界征服なんて興味ないから割りに合わないと思って退いたけど

103: 名無し 2016/01/03(日) 19:03:40.84 0
明朝のある意味すごいところは
暗君のオンパレードなのに約300年も続いたこと

104: 名無し 2016/01/03(日) 19:13:49.00 0
>>103
朱元璋の政治センスが頭抜けているから
あいつ漢民族の復興と見せかけておいて大元ウルスは天命を受けた王朝だから
それを継承するって
平然と言い放って北元をボコりに行きやがったから
王朝初期の遺産が大きすぎる

土木の変のエセンにしろ庚戌の変のアルタンにしろ大元ウルスよりかは小物だ

105: 名無し 2016/01/03(日) 19:42:55.49 0
資料によると、戦国時代の宣教師、
日本と対峙した明兵に始まり、
日露戦争のロシア人、大戦中のアメリカ兵と時代が変わっても
「日本人の兵士と近接戦闘は絶対にするな」と言う記録が残ってるね

明、宣教師の方は:
我が国だとそれぞれ武器によって兵の役割を変えているが
侍は全てを我が国の一流の兵士の如く使う。
銃を使わせると末端の兵士が狙撃手並だ。
やっとの思いで接近すると、今度は異常に切れる刀を使い
横に素早く跳躍して見えない所から襲ってくる。

ロシアだと:
小男だと思っても接近戦はしてはいけない。
不思議な術で倒されて喉を一突きにされてしまう。
(この経験から柔道、合気道を徹底的に研究してコマンドサンボが生まれた)

アメリカは資料ビデオ作って流してた。
航空戦力がメインだったけど、どんなに少数でも相手を侮って近寄らずに
日本兵が死に絶えるまで爆撃と艦砲射撃しろって内容。

109: 名無し 2016/01/03(日) 20:37:25.30 0
アメリカの分析だと日本は白兵戦ヘタだろ
射撃が下手、奇襲に頼り過ぎだとかなんとか

110: 名無し 2016/01/03(日) 20:55:15.66 0
>>109
それ、アメリカ軍の報告書をまとめた奴だったけ?

軍板の方ではあの本色々異論が上がってたような・・・

114: 名無し 2016/01/03(日) 23:32:30.87 0
スペイン
膨大な植民地を擁する日の沈まない帝国。
海では無敵艦隊、陸ではテルシオと最強の戦力を率い世界制覇へ邁進する。

オスマン
史上最大のイスラム帝国。
先進的火器武装に加え、最精鋭たるイェニチェリは世界最強に相応しい。


圧倒的人口を抱える中華帝国。
洪武永楽の栄光に比べると劣るものの、未だ他国を凌駕する大軍勢は健在。

日本
朝鮮に大遠征を繰り出し、圧倒的攻撃を見せつけ撤退した最強の侍帝国。
秀吉病死によって夢と終わったが、
欧州をも征服する力を秘めていたと言われることもある。

115: 名無し 2016/01/03(日) 23:37:16.34 0
>>114
16世紀~17世紀初頭でいいのか?
カール5世の時期とフェリペ2世の時期とで
スペインの評価が分かれそうなんだが
スピノラ登場はフェリペ3世までずれこむし

116: 名無し 2016/01/03(日) 23:40:03.38 0
17世紀の間に西洋は科学革命を起こし
他文明から超絶してしまう
もはや武器を輸入するだけでは追いつけない壁

117: 名無し 2016/01/03(日) 23:43:39.92 0
>>116
イタリアの第一次エチオピア戦争を見ても同じことが言えるかな?

118: 名無し 2016/01/04(月) 10:11:01.90 0
イニチェリは1600年ごろに人員急増して質が落ちてる
実際その頃の戦いで
「オーストリアは射撃のスペシャリストが揃ってるのにうちは」
って司令官が嘆いてるからな

119: 名無し 2016/01/04(月) 12:16:01.47 0
>>118
射撃のスペシャリストってことは猟兵のこと?
一応ヤーゲル銃はその頃には生産されてるけど

120: 名無し 2016/01/04(月) 12:18:25.06 0
単純に技術が高いってことだと思う

125: 名無し 2016/01/04(月) 21:02:02.98 0
この時代の君主は個性派揃いだな

スペイン フェリペ2世(スペインの絶頂期に君臨した偉大なる王)
オスマン ムラト3世(皇帝自ら公然と売官・収賄する腐敗ぶり、ハレム建設)
  中国  万暦帝(明史どころか中国史上屈指の暗君)
  日本  豊臣秀吉(日本史上、最も成り上がった漢)

126: 名無し 2016/01/04(月) 21:03:34.29 0
>>125
万暦帝も張居正存命時なら全然雑魚じゃない
ピンだと積極的暗君になり下がるが

127: 名無し 2016/01/04(月) 21:25:07.22 0
>>126
>万暦帝も張居正存命時なら

そりゃ張居正が有能だっただけで万暦帝が有能だったわけじゃない

134: 名無し 2016/01/04(月) 22:03:28.98 0
>>127
秀長没後の秀吉の老害ぶりもなかなか
別人というくらい冴えが消えたよな

145: 名無し 2016/01/04(月) 22:25:05.00 0
いくら強大な国力があっても上手く使えなければ意味がない。

日清戦争のころGDPは清国は日本の5倍、兵力も5倍
清国海軍は全て鉄鋼船、日本は木造船もあった。
小銃は清国が輸入品を使用、日本の倍の有効射程距離
ロシア帝国のGDPは日本の15倍、本来日本に負ける方がおかしい。

174: 名無し 2016/01/05(火) 22:13:13.91 0
>>145
・・・やっぱり中国っつーか支那は経済規模がデカいな
あの大英帝国が清から買うものはたくさんあっても売るものがなくて、
しゃーなくアヘンを売りつけたのもうなずける話
その後イギリスはおろか日本にも戦争で負けてるんだから
よほど政府が無能だったんだろうな
経済規模=国力のデカさにはなっても、軍事力とは直結する訳じゃない

176: 名無し 2016/01/05(火) 22:20:04.89 0
>>174
清にしろオスマンにしろアジア的な「帝国」の崩壊時期にあったから
そこは少し同情しても良い部分だと思う
国民国家タイプの国とは戦争では分が悪すぎた
言語がバラバラ、基礎的な学力が不足、軍事組織・国家への忠誠心が低い等々
図体は大きくても質が伴なわなきゃ餌食だわ

148: 名無し 2016/01/04(月) 22:42:20.26 0
スペイン オスマン 明だけでいいのに
当時の日本は文明の枠外で新大陸のインディアンみたいなもんだろ

151: 名無し 2016/01/04(月) 22:53:48.77 0
>>148
西欧だと
スペイン(スピノラ)、フランス(アンリ4世)、オランダ(マウリッツ)

西アジアだと
オスマン、サファヴィー朝

東アジアで明、後金、日本

インドと東欧の扱いに困る
ポーランドでジグムント3世がロシア・バルト海で活躍しているけど

154: 名無し 2016/01/05(火) 00:39:31.79 0
ポーランドは対オスマン戦でも勝率5割越えるし強いよ
魅力なのは銃の乱射を正面突撃で粉砕してしまうフサリア騎兵

209: 名無し 2016/01/10(日) 07:13:46.59 0
多分明を落とすのは無理だな 
尋常じゃないほど広いし人も当時としてはメチャクチャ多い
中国大陸のスケールがデカい民族じゃないと
島国日本人じゃ無理だと思う

ドイツもそれでロシアに負けたし中国は自滅で滅んだし
中国抜いてオスマンが最強かな 
中国は勝ちもしないが絶対に負けない

211: 名無し 2016/01/10(日) 09:34:15.54 0
>>209
広大な領土という空間的縦深の中で戦力を流し込むには
どうしたら良いかというのは
大陸の大帝国の永遠のテーマだと思う

手っ取り早いのは
仮想敵国・相手国の国境線近くまで首都を持っていく(北京とか)
国家のあらゆる資源を前線まで集積できる体制を整えやすい

212: 名無し 2016/01/10(日) 09:40:27.56 0
オスマンが最強なのは16世紀前半
1600年前後だとオーストリア戦でほぼ互角、ポーランド戦で負ける
オランダイギリスの援助受けたサファヴィーに負けたし微妙

213: 名無し 2016/01/10(日) 14:58:37.05 0
16世紀後半ならこんなもんか?

S スペイン、オスマン帝国、明、日本
A イングランド、フランス、ポーランド、サファヴィー朝、ムガール帝国
B スウェーデン、モスクワ大公国
C モンゴル
D イタリアの都市国家、李氏朝鮮

214: 名無し 2016/01/10(日) 15:42:59.79 0
>>213
君主が有能だから興隆しているグループと
圧倒的な国力で繁栄しているグループに大別されるような気がする

サファヴィー朝の
アッバース1世、フランスのアンリ4世、
オランダのマウリッツ、ムガル帝国のアクバルあたりが顕著か

明とオスマンは間違いなくSなんだろうけど惰性感が半端ねえ
スウェーデンのヴァーサ家はスウェーデン本土より
ポーランド・ロシアで活躍している変わり種

モンゴルはアルタン死後は凋落傾向で
アルタンのキャリアハイも1542年の山西省侵攻だから既にピークは過ぎている

217: 名無し 2016/01/10(日) 16:45:28.78 0
>>213
総合力でいえば日本はSじゃなくAグループだな

218: 名無し 2016/01/10(日) 17:06:38.88 0
この時代ぐらいだと人口がそのまま国力に直結しているから
明、インドが有利なのでは

216: 名無し 2016/01/10(日) 16:36:44.15 0
大砲もないのに日本が最強とかw

219: 名無し 2016/01/10(日) 17:08:05.81 0
レパントじゃスペインは砲数1800門、オスマン750門
アルマダじゃスペイン2431門、イングランド側がだいたい1800門
1600年ぐらいなら4桁揃えないと話にならん

220: 名無し 2016/01/10(日) 17:32:25.72 0
関ヶ原で徳川軍2門

221: 名無し 2016/01/10(日) 17:37:22.58 0
江戸期を通して作られた大砲は3ケタ前半だからなあ

222: 名無し 2016/01/10(日) 17:40:00.59 0
2千でも2百でもなくて2なのか

223: 名無し 2016/01/10(日) 18:53:42.10 0
>>222
まあ、30年戦争のロクロワの戦いでも両軍とも15門前後だし
ずっと後の砲兵が線状を支配する時代になったナポレオン戦争での
アウステルリッツの戦いでもフランス軍の大砲は200門だな。

戦国末期の攻城戦では10門以上大砲が揃う戦は増えていったし
城郭にも大砲に対する防御を意識したものが現れはじめてる
ただ野戦となると上にも上げたように欧州と比べて
絶望的に輸送がしにくいからドウシテモ数がすくなくなる

224: 名無し 2016/01/10(日) 19:01:14.27 0
野戦で輸送しにくいのはヨーロッパも一緒だろ
だから軽量砲が開発されたんだし

225: 名無し 2016/01/10(日) 19:09:31.15 0
>>224
それでも日本に比べれば平地は遥かに多い

231: 名無し 2016/01/10(日) 20:08:22.20 0
>>225
欧州と言ってもスイスやスペインは山がちだし
イタリアも中部から北部にかけては起伏が激しい

比較的平坦なフランスで野戦砲の運用が発達したのはおっしゃる通りだが
欧州と十把一絡げにするのはいかがなものかと

226: 名無し 2016/01/10(日) 19:10:49.86 0
>>224
欧州は道路なら砲車にのせて馬で牽けたし、
アルプス超えしないかぎりは山の存在は殆ど無視していいレベルだし・・・
まあそれでも17世紀くらいまでは重いことに変わりはなく、
野戦においては大砲は一度砲兵陣地に設置すると
殆ど動ごかせない存在であったことは確かだな。

それを解決する手段として軽量砲身が開発される直前の18世紀前半では
6ポンド砲(57ミリ砲)とかの口径の小さい砲を大量に揃えることで
戦場での砲兵の機動力を確保する方向になってるね

227: 名無し 2016/01/10(日) 19:24:41.33 0
16世紀頃の日本って重種の輓馬いたのかな?
フランスの場合は大型種の育成に中世の頃から携わっていたから
馬で牽引するって発想にも容易にたどり着けたんだろうけど

まあ、日本に大型種がいたとしても穀潰し扱いされそう

228: 名無し 2016/01/10(日) 19:37:34.96 0
馬車が無いから日本では馬も交通用としてあまり重要なものではない。
馬は平坦な地形で直進する動物だから
日本の地形は馬にとってはキツいし。

237: 名無し 2016/01/10(日) 20:37:58.50 0
単純に戦国期では
日本製は性能が低くて使い物にならなかったってところだろ
初めからイギリス製やオランダ製がきてたら使ってる
あとリュッツェンだとスウェーデンは60門使ってるけど
そのうち40門は軽砲

238: 名無し 2016/01/10(日) 20:42:17.94 0
>>237
そういう大砲の運用をはじめたのは
まさにその時代のスウェーデン軍が元祖でしょ

241: 名無し 2016/01/10(日) 20:59:51.85 0
>>237
軽砲(っていうかセーカー砲)は家康がオランダやイギリスから買ってるで

243: 名無し 2016/01/10(日) 21:04:33.47 0
>>237
後、18世紀の野砲は17世紀のセーカー砲と口径こそ同じだけど
砲身長が短くて炸薬量が少ないよ
(無論時代や製造国その他によって差があるが)

240: 名無し 2016/01/10(日) 20:47:36.78 0
アヘン戦争で清が使ってた大砲が200年前の骨董品で
エゲレスがびびったという話があるが
黒船来航あたりの日本も実は似たようなもんであった
攘夷でござるーってあの当時にマジで戦争したら
清の二の舞いだったんだよなぁ

242: 名無し 2016/01/10(日) 21:00:02.46 0
藩主が命令しても武士が鉄砲を拒否、
しかたがないので百姓を銃士に登用。
恐らく百姓の方が戦闘力が高い。
近世戦闘を目の当たりにしてようやく武士も鉄砲を装備する。
オスマンの剣から銃への切り替えみたいだ。

244: 名無し 2016/01/10(日) 21:08:18.65 0
>>242
サファヴィー朝なんてチャルディラーンでボロ負けするまで
銃採用をクズルバシュが拒否し続けていたからな
西アジアではティムールの頃から遊牧勢力は火器を使っていたというのに…

263: 名無し 2016/01/10(日) 23:28:08.04 0
>>242
戦国期でも足軽鉄砲隊とか普通にいたのに

245: 名無し 2016/01/10(日) 21:12:07.17 0
つか軽量化は16世紀から始まってるらしいな、
野戦で使うんだから当然か
そもそも30年戦争の前の
1593-1606のオーストリアVSオスマン戦で
すでに銃火器運用が変化してるんだよね
オーストリアは数値がはっきりしないが最大100門を野戦で使ったっていうし
銃騎兵もグスタフアドルフよりハンガリー騎兵のが早いんだよね
ちなみにその結果オーストリア兵の70%-75%が銃を装備してた
リュッツェンで帝国側も軽砲使ってたから
野戦砲の軽量化はとっくに進んでたと考えていい

246: 名無し 2016/01/10(日) 21:22:06.39 0
牽引可能な火砲は既に15世紀フランスで登場しているけど
軽砲ってどういうものを指して言ってるの?

247: 名無し 2016/01/10(日) 21:29:16.90 0
その気になったらオスマン帝国の60ポンド以上の巨砲だって
馬で牽引できないことはない。
戦場で戦況にあわせて動かすなんてことは無理だがな
30年戦争のスウェーデン軍においては6ポンド革砲がそれに相当するのだが
皇帝軍においてはより重いセーカー砲で代用してたみたいだね
まあ革砲は余りにも軽量化やり過ぎて砲身破裂する事故が多発したが

253: 名無し 2016/01/10(日) 21:47:43.35 0
>>247
スウェーデン軍は革砲使わなかったはずだが
それ3ポンド連隊砲の間違いじゃないだろうか

251: 名無し 2016/01/10(日) 21:35:46.37 0
どっちにしても
日本は大阪の役までろくなのがなかったって事実は変わらんだろ
まともな大砲作れるようになった頃には戦争自体がなくなった
セーカー砲なら日本でも運用できたと思うぜ

254: 名無し 2016/01/10(日) 21:50:57.22 0
南北戦争で小山の陣地に大砲並べてぶっ放すシーンがあるけど
大砲が普及したら日本もあーいう戦い方をやっただろうな

256: 名無し 2016/01/10(日) 22:01:57.23 0
>>254
戊辰戦争はそんな感じだったでしょ

273: 名無し 2016/01/11(月) 07:57:43.47 0
軍制改革までやってる西欧にただ火器を装備してるだけで勝てるとは思えない
高度な軍隊を前にして対応できる有能な将軍が明に居るとも思えない
日本は織田信長なら対応策を打つことが出来るかも
オスマンは当時どんな将軍が居るか知らないからわからん

275: 名無し 2016/01/11(月) 08:29:22.42 0
>>273
信長本人はそこまで会戦に強くないぞ
どっちかと言うと秀吉の方が戦巧者

明だと16世紀は兪大猷、戚継光ぐらいしか有能な指揮官は思いつかないなあ
李成梁は将軍と言うよりは政治家っぽいし

281: 名無し 2016/01/11(月) 09:40:41.49 0
>>273
日本の火縄銃は射程500m。
在日の工作で削除されたけどWikipediaにも記載されていた。
日本の方が圧倒的に有利。

287: 名無し 2016/01/11(月) 11:04:57.73 0
>>281
火薬の量増やして爆発力上げれば射程距離は伸びるってだけ

289: 名無し 2016/01/11(月) 14:56:17.45 0
長篠の二の舞になるだけ
つか明の大砲で散々蹴散らされてたじゃん

清が明を倒したのではなく
明が李自成の乱と呉三桂の寝返りで自滅しただけ

292: 名無し 2016/01/11(月) 15:11:51.28 0
>>289
サルフの戦いでも
野戦築城と火砲の戦闘準備が整っていた部隊には結構苦戦してたな

防御されたら火砲を突き崩すのは至難の業だわ
マジノ線のせいでダメな子扱いされているけど、
実際は攻撃よりも強い戦術行動という評価の方が正鵠を射ている

325: 名無し 2016/01/13(水) 00:14:58.82 0
スペインとオスマンは海戦で一勝一敗
明と日本は陸戦で明の勝利(引き分けみたいなもんだが)
さて・・・

433: 名無し 2016/05/01(日) 02:06:18.30 0
>>325
スペインとオスマンの海戦は
プレヴェザとレパントのことをいってるんだろうが
内容があまりに違いすぎる。
プレヴェザはスペインの戦略的撤退にすぎないが
レパントはオスマンの壊滅的大敗だ

328: 名無し 2016/01/13(水) 17:51:24.14 0
モンゴル帝国 VS 日本
アメリカ合衆国 VS 大日本帝国

国力的にどっちの方がヤバかったの?

329: 名無し 2016/01/13(水) 18:12:02.77 0
>>328
「仕入れることができる情報の量や質」の面で
「モンゴルvs鎌倉幕府」のほうが
「マジで滅ぼされるかも…」なヤバさはあったはず。

「米国vs大日本」は
「開戦から半年以上経つと負けの可能性は日を追って濃くなる」
はおおよその日本の上層部は分かっていたわけが、
鎌倉幕府はほぼ完全に手探り状態
(なにをどうすればよいのかが殆ど分からない 
 文永弘安ともに取り敢えずは九州北部に兵士を集めて、
 二度目の弘安の上陸の前に石塁地を構築くらいしかできない)
だったはず。

332: 名無し 2016/01/13(水) 21:34:40.52 0
>>328
前者
動員兵力100倍ぐらいの差があるのでは?

341: 名無し 2016/01/14(木) 06:21:13.75 0
>>328
モンゴル帝国 VS 日本
→周りを制圧した大国がその次を攻める

アメリカ合衆国 VS 大日本帝国
→戦争で疲弊した国が別の大国に騙し討ちで戦争を仕掛ける

どう考えても後者がヤバいだろ

330: 名無し 2016/01/13(水) 18:12:57.13 0
国力比較したって無駄だろ
大元もアメリカも全国力を対日に傾けたわけじゃない

334: 名無し 2016/01/13(水) 21:50:42.65 0
鎌倉時代の日本じゃ精精10万くらいしか動員できんだろうから
1000万を動員するモンゴルに敵うわけがないな

335: 名無し 2016/01/13(水) 23:03:50.57 0
>>334
1000万もどうやって輸送するのか?

337: 名無し 2016/01/13(水) 23:57:01.91 0
>>335
お船

415: 名無し 2016/02/22(月) 20:37:22.35 0
最盛期のオスマン朝に勝てる国家はないだろう
しかし、西欧列強が暗黒中世から脱却し力をつけ地中海に進出してきたら
もう、勝てなくなったよね

むしろ、オスマン朝が強大な勢力を持っていた時に
その欧州深部への進出を必死に食い止めていた
ハプスブルグ帝国の評価はもっと高くていいとある歴史家は語っている

もし、ハプスブルグ帝国が首都ウィーンの手前で
オスマン軍を食い止めていなかったなら
まだ、産業革命前で弱小だった西欧、中欧が、イスラム化してしまって
その後の世界史が大きく変わっていた可能性が高いと彼は書いていた

でも、皮肉なことに、最新の欧州の状況は、イスラム難民の大量流入で
まさにイスラム化しつつある・・・

419: 名無し 2016/02/27(土) 08:04:42.77 0
>>415
フランク王国と東ローマ帝国が敗れていたら欧州とっくにイスラム世界だったね

416: 名無し 2016/02/22(月) 22:34:27.52 0
つまり、ポーランド最強ってことか

420: 名無し 2016/02/27(土) 09:41:12.55 0
最盛期のオスマンはスレイマン期で時期ずれてるだろ
それでもウィーンぬけなかったが

421: 名無し 2016/02/27(土) 10:28:33.52 0
ていうかハンガリー中部の征服も苦労してるし
一見すんなりやってるように見えてそうでもない
ヤーノシュ・フニャディやマーチューシャの頃は何度も撃退されてるし
モハーチ以後もハンガリーが地元貴族ザポイとハブスブルクの間で
内乱がおこってるすきにザポイと同盟
でザポイがオスマン軍をハンガリーに引き入れて
内部から協力体制作れたのがでかい

ヨーロッパの場合拠点支配のために無数にある城塞を落とすことが重要で
一回の戦闘で領土は変更しない
だからモハーチ後もスレイマンは
ハンガリー戦線で病死する40年間延々と地味な城塞戦をやってる
ウィーン包囲後3年後に同じように10万以上の大軍でウィーンを攻めようとしたが
その時はカール5世が大軍を率いて構えてたので
ハンガリー南西部の小さな城塞に目標を変更と冒険しないタイプでもある

423: 名無し 2016/03/19(土) 13:51:16.13 0
イスラム圏史三大英雄はムハンマド、サラディン、スレイマン大帝

424: 名無し 2016/03/20(日) 19:09:43.07 0
ムハンマドは開祖だからちょっと違う
イスラム教徒としての英雄は後ろ二人だけど
クルド人とトルコ人という

426: 名無し 2016/03/21(月) 00:36:13.03 0
サラディンとスレイマンの共通点として
キリスト教徒から領土奪った英雄って点から考えると、
ベルベル人以外大分キツイんじゃね
ベルベル人だと、ムラービト朝のユースフ・イブン・ターシュフィーンとか
ムワヒッド朝のアブー・ユースフ・ヤアクーブ・アル=マンスールとかいるけど
トレド奪回できてないからちょっと微妙

427: 名無し 2016/03/21(月) 08:05:20.31 0
俺的には十字軍やモンゴル軍を撃退したバイバルスを推したい

428: 名無し 2016/03/21(月) 09:35:03.71 0
ティムールを忘れるな
モンゴル扱いもされるが本人はテュルク系のムスリム

429: 名無し 2016/03/21(月) 12:45:34.30 0
ムハンマドが英雄から除外されるなら
同時代のハーリド・イブン・アル=ワリードを挙げないといけないと思う

430: 名無し 2016/03/28(月) 22:29:03.91 0
オスマン・スペイン・明・日本

スペインは単独ではなくヨーロッパ連合でオスマンと対峙して、
五分未満だからな。
オスマンが巨大大砲でガンガン大規模戦争やってた頃、
日本じゃ、まだ応仁の乱前だから。

明はもう衰退期に入ってる頃だからな。
それなら飛ぶ鳥落とす勢いのジュルチンを出した方がよいかも。
北京入城前にすでにモンゴルとか従えてるし。

434: 名無し 2016/05/01(日) 02:12:51.58 0
>>430
スペインは主敵のイングランドに苦戦してる片手間に、
レパントでオスマンを粉砕したぞ