帝国主義
○ 19世紀末~20世紀前半、軍事力による領土拡大・植民地獲得をめざす政策 
○ 第2次産業革命:石油・電力、重化学工業 
・ カルテル:企業の協定 
・ トラスト:企業の吸収合併 
・ コンツェルン(財閥) 

イギリス
○ 帝国主義政策→世界最大の植民地支配国に 
1875年 スエズ運河株買収 ← 保守党ディズレーリ首相 
1899-1902年 南アフリカ戦争 ← 保守党ジョセフ・チェンバレン植民相 

○ 社会主義政党の成立 
・ フェビアン協会(1884年):バーナード・ショウ、ウェッブ夫妻らが中心 
・ 労働組合法(1871年):労働組合の合法化 
・ 労働代表委員会(1900年)→ 労働党(1906年) 

○ アイルランド問題 
1914年 アイルランド自治法→実施延期 
・ シン・フェイン党:アイルランド独立を主張するアイルランド人政党 

フランス
・ ロシアへの資本輸出→露仏同盟

・ブーランジェ事件:右翼のクーデタ未遂、失敗 
・ドレフュス事件:ユダヤ系軍人ドレフュスが再審の上に無罪となった事件
(作家ゾラが再審を支持) 

ドイツ
○ 皇帝ヴィルヘルム2世の親政←宰相ビスマルク辞職(1890年) 
○ 社会民主党←社会主義者鎮圧法の廃止(1890年)により合法化 

ロシア
○ 社会民主労働党
〔メンシェヴィキ:少数派〕プレハーノフ 
〔ボリシェヴィキ:多数派〕レーニン 

○ 第1次ロシア革命(1905年) 
1月 血の日曜日事件:軍が民衆(指導者ガポン)に発砲 
ソヴィエト(労働者と兵士の評議会)が各地に成立 
10月 皇帝ニコライ2世の十月宣言:国会(ドゥーマ)開設を約束 

○ 首相ストルイピン(1906年~):農村共同体(ミール)の解体をめざす 
 
アメリカ合衆国
1886年 アメリカ労働総同盟(AFL) 
1889年 パン・アメリカ会議:合衆国のアメリカ大陸での影響力増 

○ マッキンリー大統領 
1898年 米西戦争:アメリカ〔勝〕vs.スペイン〔負〕 
・ アメリカがフィリピン、グアムを領有 
・ キューバがスペインから独立→アメリカの保護国(1901年 プラット条項) 
 1898年 ハワイを併合 

○ セオドア・ローズヴェルト大統領(共和党、任1901-09年) 
・ 革新主義:反トラスト法などの改革 
・ 棍棒外交:軍事力によるカリブ海支配 

○ ウィルソン大統領(民主党、任1913-21年)、「新しい自由」 
1914年 パナマ運河を完成させて支配 

メキシコ革命
・ディアスの独裁政治:外資導入による近代化 
・メキシコ革命:マデロ、サパタらがディアス政権を倒す 


アフリカ分割、太平洋地域の分割
アフリカ分割←ベルリン会議の後に進展
1) イギリス:3C政策(ケープタウン、カイロ、カルカッタ)→アフリカ縦断 
1882年 エジプトを保護国化←ウラービーの反乱を鎮圧 
1899年 スーダンを征服←マフディー派の抵抗を鎮圧 

1899-1902年 南アフリカ戦争(ブール戦争):イギリス〔勝〕vs.ブール人〔負〕

〔ブール人(オランダ系移民)〕
・ オレンジ自由国、トランスヴァール共和国を建国(金・ダイヤモンドを産出) 

〔イギリス(ケープ植民地首相セシル・ローズ)〕
・ オレンジ自由国、トランスヴァール共和国を戦争により併合
→南アフリカ連邦(自治領)

2) フランス:アフリカ横断 
1898年 ファショダ事件:イギリスとフランスがスーダンで衝突→仏が譲歩 
1904年 英仏協商:英のエジプト支配、仏のモロッコ支配を相互承認 

3) ドイツ:カメルーン、タンガニーカなどを支配 
1905年 第1次モロッコ事件:ドイツ皇帝がタンジール港へ →失敗
1911年 第2次モロッコ事件:ドイツ軍がアカディール港へ  →失敗 

4) イタリア:ソマリランド、エリトリア、リビアなどを支配 
・アドワの戦い:エチオピア〔勝〕vs.イタリア〔負〕 
→エチオピアは独立を保つ(アフリカではエチオピアとリベリアのみ独立国) 
・イタリア・トルコ戦争:リビアを獲得 
   

近代中国史
中国分割
1) 中国分割の進展(1898-99年) 
租借地(借りた土地)→勢力範囲(利権を得た土地)
イギリス 威海衛、九竜半島→長江流域、広東省東部
フランス 広州湾     →広西省、広東省西部
 ドイツ 膠州湾     →山東省
 ロシア 遼東半島南部  →東北地方、東清鉄道
  日本 遼東半島南部  →福建省

※アメリカ:国務長官ジョン・ヘイが中国の門戸開放・機会均等・領土保全を宣言

変法運動
・ 立憲君主制をめざす近代化運動 
・ 康有為、梁啓超らが中心 
・ 光緒帝が改革を実行(戊戌の変法) 
↓ ↓↓
・ 西太后ら保守派が変法運動を弾圧(戊戌の政変)・・・改革失敗 


義和団事件(1900-01年)
・ 背景:外国勢力への民衆の反感、仇教運動(反キリスト教運動) 
・ 義和団:山東省で排外運動を起こした宗教的武術集団、「扶清滅洋」を主張 

1900-01年 義和団事件:日・露など8カ国連合軍〔勝〕vs.義和団・清〔負〕 
1901年 北京議定書(辛丑和約):外国軍隊の北京駐屯、賠償金支払 

《2つのスローガン》
・太平天国(1851-64年)
 滅満興漢〔満州族(清)を滅ぼし漢民族の王朝を興せ〕

・義和団(1900年頃)
 扶清滅洋〔清を助け西洋を滅ぼせ〕


日露戦争、日本の韓国併合
1) 日露戦争(1904-05年) 
・ 大韓帝国(1897年に国号を改称)の支配をめぐって日・露が対立 
・ 仏は露を支持(1891-94年 露仏同盟)、英は日を支持(1902年 日英同盟) 

1905年 ポーツマス条約←米大統領セオドア・ローズヴェルトが調停

・ 日本が次の権利を獲得 
1) 韓国に対する監督権 
2) 遼東半島南部(旅順・大連)の租借権 
3) 南満州鉄道(長 春~旅順)の利権 
4) 北緯50度以南の樺太(サハリン)の領有権 

2) 韓国併合(1910年) 
1905年 第2次日韓協約:日本の統監府を置く 
・ 反日義兵闘争が各地で高まる←日本軍による鎮圧 
・ 統監の伊藤博文が安重根に暗殺される(1909年) 

1910年 韓国併合:日本領となる、朝鮮総督府による支配


辛亥革命(1911年)
清朝の改革
・ 科挙廃止(1905年)、憲法大綱(1908年) 

清朝打倒の革命勢力
1905年 中国同盟会:興中会などの革命諸団体を統合、指導者 孫文
・ 三民主義(民族独立、民権伸長、民生安定)を主張 

革命の勃発
1911年 清朝が幹線鉄道を国有化←民族資本家の反発  武昌で革命派が蜂起 

1912年
1月 中華民国を建国(都 南京) 臨時大総統 孫文 
2月 宣統帝(溥儀)が退位(清朝滅亡) 
3月 袁世凱が臨時大総統になり北京で政権をとる 
8月 孫文ら革命派は国民党を結成し袁世凱政権と対立 
10月 袁世凱が正式大総統となり国民党を弾圧 その後、病死


第1次世界大戦(1914-18年)
○ 三国同盟(1882年)→同盟国(独、オーストリア、トルコ、ブルガリア) 
・ 独:3B政策(ベルリン、ビザンティウム〔イスタンブル〕、バグダード) 
・ オーストリア:パン・ゲルマン主義(バルカン半島進出→露との対立) 
・ イタリア:「未回収のイタリア」をめぐってオーストリアと対立 
→仏へ接近、三国同盟を離脱(1902年 仏伊協商) 

○ 三国協商(1907年 英仏露)→連合国(英、仏、露、日、伊、米) 
・ 露仏同盟(1891-94年):独に対抗 
・ 英仏協商(1904年):ファショダ事件→エジプトの英支配、モロッコの仏支配を相互承認 
・ 英露協商(1907年):イランの勢力範囲を分割、アフガニスタンは英支配 
・ 日英同盟(1902年):露の東アジア進出に対抗 


バルカン問題「ヨーロッパの火薬庫」
1908年 オーストリアがボスニア・ヘルツェゴヴィナを併合 

1912-13年 バルカン戦争(第1次、第2次) 
・ 露支持のもとバルカン同盟(セルビア、モンテネグロ、ギリシア、ブルガリア)結成
(第1次)バルカン同盟〔勝〕vs.トルコ〔負〕→バルカン同盟内部の対立 
(第2次)セルビア・モンテネグロ・ギリシア・トルコ〔勝〕vs.ブルガリア〔負〕 
→トルコとブルガリアは独に接近 

1914年サライェヴォ事件
・ セルビア人青年がオーストリア帝位継承者夫妻を暗殺 
・ オーストリアがセルビアに宣戦布告、独が露に宣戦布告(7月28日) 
→第1次世界大戦の開始 
 

ドイツの東西戦線
1914年
8月 タンネンベルクの戦い:独〔勝〕vs.露〔負〕→東部戦線は独優勢 
9月 マルヌの戦い:英・仏〔勝〕vs. 独〔負〕 

1916年 
独がヴェルダン要塞を攻撃、失敗 
英・仏がソンムを攻撃 、失敗       →西部戦線は膠着化(塹壕戦) 

新しい戦争の形態
・ 総力戦(軍需工場の優先、国民生活の統制など) 
・ 新兵器の開発(飛行機、戦車、毒ガスなど) 

1917年 2月 独が無制限潜水艦作戦(中立国の船も攻撃)を開始→米が独に宣戦布告 

11月 ロシア革命→社会主義ソヴィエト政権の成立 
1918年 2月 米大統領ウィルソンが十四ヶ条平和原則発表 
→ヨーロッパ内民族自決、植民地問題の解決、国際平和機構の設立 

3月 ブレスト・リトフスク講和条約(独・ソ)→東部戦線は終結 
ドイツ革命(1918年)
1918年 キール軍港で水兵が反乱→ドイツ帝国が崩壊(皇帝ヴィルヘルム2世は亡命) 
・社会民主党が臨時政府(修正資本主義)を組織 
・臨時政府が連合国と休戦協定→第1次世界大戦の終結 

1919年 共産党(スパルタクス団)の蜂起→失敗 
→共産党指導者ローザ・ルクセンブルク、カール・リープクネヒトは殺害される 

8月 ヴァイマル憲法の制定(国民主権、普通選挙、社会権) 
ヴァイマル共和国の成立、大統領エーベルト(社会民主党) 


ロシア革命(1917年) 
○3月革命 
・ 首都ペトログラードでの労働者のスト 
・ 皇帝ニコライ2世が退位(ロマノフ朝の帝政崩壊) 

○ 二重権力 
・臨時政府資本家)=立憲民主党戦争継続を主張
・ソヴィエト労働者)=ボリシェヴィキ即時講和を主張


○ 『四月テーゼ』(1917年4月) 
・ レーニン(ボリシェヴィキの指導者)が発表 
・ 「戦争の即時中止」&「全権力をソヴィエトへ」と主張 

○ 11月革命
・ ボリシェヴィキ(レーニン、トロツキーら)、社会革命党左派の武装蜂起 
→臨時政府(ケレンスキー首相)が倒れる 

○全ロシア・ソヴィエト大会 
・ 「土地に関する布告」:地主所有地の無償没収、小作農への分配 
・ 「平和に関する布告」:全交戦国に無併合・無賠償の平和を提案 

○憲法制定議会を武力で閉鎖 
・ ブレスト・リトフスク講和条約:ドイツと講和を結び戦争終結 
・ コミンテルン(第3インターナショナル):各国共産党が参加 
・ ロシア、ベラルーシ、ウクライナなど各ソヴィエト政権が連邦国家を形成 

ヴェルサイユ体制
パリ講和会議(1919年)
・ 米(ウィルソン)、英(ロイド・ジョージ)、仏(クレマンソー)が中心 

○ ヴェルサイユ条約:対ドイツ 
1) 独は海外植民地をすべて放棄 
2) アルザス・ロレーヌは仏領 
3) ラインラントの非武装化 
4) ポーランド回廊はポーランド領 
5) ダンツィヒは国際連盟の管理 
6) 独の軍備制限(陸軍10万以下、空軍禁止など) 
7) 独は賠償金1320億金マルクの支払義務 

○ その他の条約 
・サン・ジェルマン条約(対オーストリア)
・トリアノン条約(対ハンガリー)
・ヌイイ条約(対ブルガリア)
・セーヴル条約(対オスマン・トルコ) 

○新独立国、領土変更 
・フィンランド、エストニア、ラトヴィア、リトアニア、
 ポーランド、チェコスロヴァキア、ハンガリー、ユーゴスラビア

・ オスマン・トルコ帝国 
→イラク、トランスヨルダン、パレスチナは英の委任統治 
→シリア、レバノンは仏の委任統治 

国際連盟(1920年):本部ジュネーヴ(スイス)
・ 米は不参加 
・ 独・ソは当初は不参加 
→ 独は1926年加盟(1933年脱退) 
→ ソは1934年加盟(1939年除名) 
・ 常任理事国:英、仏、伊(1937年脱退)、日(1933年脱退) 

 
革命後のソ連
○ 内戦と干渉戦争 
〔内 戦〕赤軍(革命政府軍)vs.白軍(反革命軍、旧地主など) 
〔干渉戦争〕赤軍(革命政府軍)vs.外国軍(日・仏・英・米など) 

○戦時共産主義 
・ 工業の国家統制 
・ 農民からの穀物の強制徴発→兵士・都市住民へ分配 

○新経済政策(ネップ)
・ 中小企業の私的営業を認める→ネップマン(小資本家)の成長 
・ 農民の生産物販売を認める→クラーク(富農)の成長 

ソヴィエト社会主義共和国連邦(ソ連)の成立(都 モスクワ)

1924年 レーニン没 →  スターリン〔勝〕 vs. トロツキー〔負〕 
          (一国社会主義論)   (世界革命論) 


アメリカ合衆国とワシントン体制
1920年代のアメリカ合衆国 
・ 現代大衆文化(フォードの自動車、ラジオ、映画、スポーツなど) 
・ 禁酒法 
・ 移民法(1924年 アジア系移民禁止)などの人種差別 

○ハーディング大統領(共和党、任1921-23年) 
1921-22年 ワシントン会議 
・ 四ヶ国条約:太平洋の現状維持、日英同盟の破棄 
・ 海軍軍備制限条約:主力艦の保有トン数制限〔米5:英5:日3:仏1.67:伊1.67〕 
・ 九ヶ国条約:中国の主権尊重・領土保全 

○クーリッジ大統領(共和党、任1923-29年) 

○フーヴァー大統領(共和党、任1929-33年) 
・ 世界恐慌(1929年~)に有効な政策を打てず 
・1930年 ロンドン会議:補助艦の保有トン数制限〔10:10:7〕 
・1931年 フーヴァー・モラトリアム:ドイツの賠償・戦債の支払の1年間停止を宣言 

1920年代のヨーロッパ
1) イギリス 
1918年 第4回選挙法改正:男のみ普通選挙(男21歳~、女30歳~) 
1928年 第5回選挙法改正:男女の普通選挙(男女21歳~) 
・ 自由党の衰退→保守党と労働党の2大政党 
○ マクドナルド労働党内閣(第1次 1924年、第2次1929-31年) 

2) フランス 
○ ポワンカレ内閣:対独強硬 
1923年 仏軍がルール工業地帯(独領)を占領←独の賠償金不払を理由に 
○ ブリアン外相の協調外交 
1925年 ロカルノ条約 
 ・ 独国境の現状維持、紛争は仲裁裁判で 
1928年 不戦条約(ブリアン・ケロッグ条約) 

3) ドイツ(ヴァイマル共和国) 
○ シュトレーゼマン外相の協調外交(1923-29年) 
1923年 新紙幣(レンテンマルク)発行によりインフレを収束 
1924年 ドーズ案:米の資本導入による独の経済復興 
1929年 ヤング案:賠償金の減額(1320億金マルク→358億金マルク) 
1932年 ローザンヌ会議:賠償金の減額(358億金マルク→30億金マルク) 

第1次大戦後のアジア
中国の国民党と共産党
1) 文学革命 
・陳 独 秀『新青年』、胡 適:白話文学、魯 迅『狂人日記』『阿Q正伝』 

2) 五・四運動:北京での学生中心の反日運動 
・二十一ヵ条要求(日本が山東省のドイツ利権を継承)がパリ講和会議で撤廃されず 

3) 中国共産党(陳独秀)の成立←コミンテルン(本部モスクワ)の支援 
 →第1次国共合作:国民党と共産党の協力
・ 国民党は「連ソ、容共、扶助工農」をかかげる 

・孫文没→国民党指導者は蔣介石
・五・三〇運動:上海での労働者中心の反日運動 
・国民党が広東で国民政府を樹立 

○ 国民党の国民政府(蔣介石) 
1926年 北伐:北京の軍閥政権を打倒するための軍事行動を開始して北進 
1927年4月 上海クーデタ:蔣介石が共産党を弾圧→国共対立 
・ 国民政府の首都を南京とする 

○ 北京の軍閥政権(奉天派軍閥の張作霖)←日本の支援を受ける 
 〔関東軍(日本陸軍)〕奉天事件:張作霖を爆殺、満州占領を試みるが失敗 
〔張学良(張作霖の子)〕国民政府に合流→国民政府による統一完成(北伐終了) 

○ 共産党 
1931年 中華ソヴィエト共和国臨時政府(瑞金):毛沢東が主席 

朝鮮の独立運動
1919年3月1日 三・一独立運動(万歳事件) 
 ・ 「独立万歳」を叫ぶ大規模デモが広まる←日本の朝鮮総督府が鎮圧 

ベトナム(フランス領)
・ファン・ボイ・チャウが維新会を組織 
・ドンズー(東遊)運動:日本へ留学生を送って新しい学問を学ばせる 
・ホー・チ・ミンがベトナム青年革命同志会(→インドシナ共産党へ発展)を組織
 
フィリピン(スペイン領→アメリカ領)
1880年代 ホセ・リサールがスペインの植民地支配を言論で批判 
1896年 フィリピン革命(指導者アギナルド) 
1898年 米西戦争(アメリカ・スペイン戦争):スペイン領からアメリカ領に 
1899年 フィリピン・アメリカ戦争:アメリカ勝利、アギナルドは降服 

インドネシア(オランダ領)
1911年 イスラーム同盟(サレカット・イスラーム)の結成→1920年代に衰退 
1920年 インドネシア共産党の結成→弾圧により壊滅
1927年 インドネシア国民党の結成(党首スカルノ):独立をめざす 

モンゴルの社会主義化
1924年 モンゴル人民革命党が中国から独立→モンゴル人民共和国の成立 
※ ソ連に次ぐ2番目の社会主義国  

インドの民族運動
1905年 ベンガル分割令:イギリスがヒンドゥー教徒とムスリムの対立をあおる 
○ インド国民会議(1885年成立) 
1906年 カルカッタ大会
・英貨排斥
・スワデーシ(国産品愛用)
・スワラージ(自治獲得)
・民族教育
の4綱領を決議 

○ 全インド・ムスリム連盟(1906年成立) 
・ ムスリム(イスラーム教徒)の団体、親英的 

1919年 
3月 ローラット法:イギリスがインド人の政治活動を弾圧 
12月 インド統治法:州の自治権を拡大 

1920-22年 非暴力・不服従運動〔第1次〕(指導者ガンディー) 
・ 非暴力によるイギリスへの抵抗 

1929年 インド国民会議のラホール大会(指導者ネルー) 
・ 完全独立(プールナ・スワラージ)をめざす 

1930-34年 非暴力・不服従運動〔第2次〕(指導者ガンディー) 
・ 「塩の行進」 

1935年 新インド統治法(英印円卓会議):州の自治権をさらに拡大 

イラン
○ カージャール朝(1796-1925年) 
○ パフレヴィー朝(1925-79年) 
1925年 レザー・ハーンが建国(親英的) 
1935年 国名をペルシアからイランへと変更 

トルコ革命
1920年 セーヴル条約(オスマン帝国と連合国) 
・ 領土の大幅縮小、不平等条約(治外法権の承認) 

1922年 アンカラ政府がギリシアと戦い領土を回復 
アンカラ政府がスルタン制を廃止→オスマン帝国の滅亡 

1923年 ローザンヌ条約(アンカラ政府と連合国) 
・ セーヴル条約の破棄、対等条約(治外法権の廃止) 

1923年 トルコ共和国の成立(都アンカラ)
・ 大統領ケマル・アタテュルク 
・ 近代化政策:政教分離、太陽暦、女性の参政権、ローマ字使用 

アラブ世界
イギリスの「3枚舌外交」:アラブ人とユダヤ人の双方を支援 
1915年 フセイン・マクマホン協定:イギリスがアラブ人の独立を約束 
1916年 サイクス・ピコ協定:英・仏・露がオスマン帝国領分割の秘密協定 
1917年 バルフォア宣言:イギリスがユダヤ人のパレスチナ復帰運動(シオニズム)を支援 

アラビア半島
・ イブン・サウードがヒジャーズ・ネジド王国を建国 
→アラビア半島を統一、サウジアラビア王国に 

パレスチナ
・ イギリスの委任統治→イスラエル(ユダヤ人国家 1948年) 

世界恐慌(1929)
「暗黒の木曜日」(ニューヨーク株価暴落)→世界恐慌
・ 生産縮小、企業倒産、銀行破産、失業者増、物価下落、需要減退 
・ アメリカの不況が世界に波及 

各国の恐慌対策
1) アメリカ:フランクリン・ローズヴェルト大統領(民主党、任1933-45年) 
○ ニューディール政策 
・ 全国産業復興法(NIRA):政府が産業界を統制 
・ 農業調整法(AAA):農業生産の制限 
・ テネシー川流域開発公社(TVA):公共事業(ダム建設) 
・ ワグナー法(1935年):労働者の団結権、団体交渉権を保障 

○ 外交 
・ ラテン・アメリカ諸国との善隣外交(キューバのプラット条項廃止など) 

2) イギリス:マクドナルド挙国一致内閣(1931-35年) 
ブロック経済 
1932年 オタワ連邦会議 
・ スターリング・ブロック(イギリス、カナダ、南アフリカ、オーストラリアなど) 
・ ブロック内貿易は低関税、ブロック外諸国からの輸入品には高関税 
→イギリス製品の輸出先を確保、ブロック外諸国からの輸入を排除 

3) フランス:フラン・ブロックを形成(フランス本国+植民地) 
1936年 人民戦線内閣←反ファシズム勢力が結集して結成 
・ 社会党ブルム首班、社会党と共産党が協力 
 

ファシズム (イタリア、ドイツ、日本)
・ 議会制民主主義を否定→暴力的な独裁 
・ 共産主義、労働運動を弾圧 
・ 市民的自由や人権を無視する国家主義 

イタリア 
○ ファシスト党(1919年成立):指導者ムッソリーニ 
1922年 ローマ進軍 
・イタリア国王がムッソリーニを首相に任命→ムッソリーニ内閣の成立 
・アルバニアを保護国化 

1929年 ラテラン条約 
・イタリア王国がローマ教皇庁と和解、ヴァチカン市国を承認 

1935年 エチオピアに侵攻 

1936年 ベルリン・ローマ枢軸…イタリアのファシスト党政権とナチス・ドイツとの提携 

ナチス・ドイツ
○ ナチ党(国家社会主義ドイツ労働者党=ナチス) 
・ ヒトラー 
・ ヴェルサイユ条約破棄、ユダヤ人排斥、反共産主義、ドイツ民族の優秀さ、などを主張 
・ミュンヘン一揆、失敗→以後、合法路線(選挙による議席確保)へ 
・議会第1党に 
・ヒンデンブルク大統領がヒトラーを首相に任命(ヒトラー内閣) 
・国会放火事件→共産党を弾圧 
・全権委任法:ヒトラー内閣が独裁権 →国際連盟を脱退

・ 高速道路(アウトバーン)建設などの公共事業、軍需生産増→失業者減 
・ ユダヤ人迫害(強制収容所での虐殺など) 
・ 秘密警察(ゲシュタポ)、親衛隊(SS)、突撃隊(SA)による反対者弾圧 
・再軍備を宣言 
・ラインラントに進軍、ロカルノ条約を破棄 →ヴェルサイユ体制の崩壊 

イギリスの宥和政策
英独海軍協定:英は独の海軍軍拡を容認 
1936年 独のラインラント進軍を黙認 


日本の中国進出
・柳条湖事件:関東軍(日本最強軍)が南満州鉄道を爆破 
→これを口実に関東軍が軍事行動を開始し、中国東北地方を占領“満州事変”
・関東軍が満州国の建国を宣言:皇帝溥儀

1933年2月 国際連盟のリットン調査団が満州事変を日本の侵略とする 
→日本が国際連盟を脱退 

○ 国民党の国民政府(蔣介石):抗日よりも共産党弾圧を優先 
○ 共産党(毛沢東):国民党の弾圧を受ける 
・長征:瑞金から延安へと大移動 
・八・一宣言:国民党に抗日と内戦停止を呼びかける 
            ↓
○ 国共合作の成立 
 ・西安事件:張学良が蔣介石を監禁し抗日と内戦停止を迫る 
・第2次国共合作の成立:抗日民族統一戦線の実現 

日中戦争(1937):日中の全面戦争
1937 盧溝橋事件:北京で日中両軍が衝突→日本軍が南下 
→南京虐殺事件:日本軍が国民政府の首都南京を占領 
・ 国民政府は、南京→武漢→重慶へと首都を遷す 

1938年 日本政府は「東亜新秩序」の建設を戦争目的にかかげる(近衛声明) 
1940年 日本政府は南京に汪兆銘の親日政権を建てる 

1930年代のソ連
○ 計画経済(5カ年計画)→世界恐慌に影響されず経済成長 
○ スターリン体制:スターリンの独裁政治、個人崇拝、粛清(反対派の処刑) 

○ ファシズムへの対抗 
1935年 コミンテルンが反ファシズム人民戦線の方針をとる 
・ ファシズムに対抗するため、共産党が社会民主主義勢力と協力 

スペイン内戦
フランコ将軍の反乱(独・伊) V.S. 政府軍(ソ連)

・ ドイツ空軍がゲルニカを空爆→ピカソ『ゲルニカ』
・ 英・仏は内戦に不干渉 

1939年 フランコ勝利→フランコ政権の成立 

第2次世界大戦(1939-45年)
連合国:〔英、仏、米、ソ連、中国〕 V.S. 枢軸国:〔独、伊、日〕

○ 第2次世界大戦を構成する4つの戦争(米は1941-45年、伊は1940-43年) 
・日中戦争1937-45年) 中国vs.日
・ヨーロッパ&北アフリカ戦線1939-45年) 英仏米vs.独伊
・独ソ戦1941-45年) ソ連vs.独
・太平洋戦争1941-45年) 米英vs.日

ナチス・ドイツの侵略と開戦
①独がオーストリアを併合 

②独がチェコスロヴァキアにズデーテン地方の割譲を要求 
ミュンヘン会談:英(首相チェンバレン)・仏・独・伊 
・ ズデーテン地方を独領とすることを承認 
その後…チェコスロヴァキアを解体→独の支配 

③独がポーランドにダンツィヒ、ポーランド回廊を要求 
・独ソ不可侵条約(東欧分割の秘密議定書付き) 
 ・独がポーランドに侵攻 
9月3日 英仏が独に宣戦布告→第2次世界大戦の開始 

〔ソ連〕 
ソ連・フィンランド戦争(1939-40年)→ソ連は国際連盟から除名 
バルト3国、ルーマニアの一部(ベッサラビア)を併合 

〔 独 〕 
デンマーク、ノルウェー、ベルギー、オランダを占領 

〔 仏 〕
独軍が征服し仏は降伏(1940年6月)→親独ヴィシー政権の成立
仏国民の対独レジスタンス→ド・ゴールがロンドンで亡命政権を組織 

〔 英 〕 
チャーチル政権が成立(1940年5月)、独がロンドンを空襲

〔 日 〕 
フランス領インドシナに進駐(1940年9月) 
・ 援蔣ルート(米英が重慶の蔣介石を援助するルート)の遮断のため 

〔 伊 〕
独の側で参戦(1940年6月)  

独ソ戦と太平洋戦争の展開(1941-42年)
1) ヨーロッパ・北アフリカ 
1941年
3月 武器貸与法(米):米が英に武器・物資を援助 
6月 独ソ戦の開始:独・伊などがソ連に侵攻→ソ連の死者多数 
8月 大西洋憲章:F・ローズヴェルト(米)、チャーチル(英)の戦後構想8原則 
1943年
2月 スターリングラードの戦い(独ソ戦)→ソ連が独を破る 

2) アジア・太平洋 
1941年 
4月 日ソ中立条約:日は北進論をすて南進論をとる 
7月 日がフランス領インドシナ南部に進駐 
→米が日への石油輸出禁止 →A(米)B(英)C(中)D(オランダ)包囲網の形成 
12月 日が真珠湾を奇襲、マレー半島(英領)に上陸→太平洋戦争の開始 

1942年「大東亜共栄圏」が最大に 

1942年
6月 ミッドウェーの海戦→米が日を破る 

1943年
2月 米がガダルカナル島を占領→「大東亜共栄圏」は縮小へ 

連合国の勝利
1943年 
伊ムッソリーニ政権が倒れ→米英がイタリア半島上陸→伊が無条件降伏 

11月 カイロ宣言 : 米(ローズヴェルト)、英(チャーチル)、中(蔣介石): 対日処理 
11月 テヘラン会談 : 米、英、ソ連(スターリン) : 米英軍の北フランス上陸作戦 
→1944年6月 米英軍がノルマンディー(北仏)に上陸 
→パリ解放:ド・ゴールの臨時政府 

1945年
2月 ヤルタ協定 : 米、英、ソ連  :  対独処理 & ソ連の対日参戦(8月8日 参戦) 

3月 米が東京・大阪などに大空襲   
4月 米が沖縄に上陸(沖縄戦) 

4月 ソ連がベルリンに入城、ヒトラーは自殺→独が無条件降伏 

8月
2日 ポツダム宣言 : 米(トルーマン)、英(アトリー)、ソ連 :日に無条件降伏を勧告
6日 米が広島に原爆投下   
9日 米が長崎に原爆投下 
 14日 日がポツダム宣言を受諾して無条件降伏 →第2次世界大戦の終了