1: 名無し 2018/01/21(日)14:44:13 ID: ID:vH1
1(二) 日露戦争物語―天気晴朗ナレドモ浪高シ
2(遊) めしあげ!! ~明治陸軍糧食物語~
3(中) ゴールデンカムイ
4(捕) 坂の上の雲
5(右) 東方昭和伝 外伝「それぞれの日露戦争」
6(一) やる夫で学ぶ日露戦争
7(左) wikipedia
8(三) 二百三高地
9(投) 皇国の守護者

さて、解説するンゴ
皇国を日露戦争に入れるのは
正直キツいやろ
>>3 
「日露戦争を舞台にした作品」ならその通りやが
「日露戦争を題材にした作品」なんでセーフ
1(二) 日露戦争物語―天気晴朗ナレドモ浪高シ

さて、いきなりの登場だが、実はこの漫画、
「日露戦争の前に打ち切りになった」ことで有名。
坂の上の雲をベースとしながらも、
ストーリー性をより重視した初期の描写には一見の価値がある。
特に正岡子規と秋山兄弟の描写は実にコメディタッチでよく描かれており、
彼らの友人・交友関係についても非常に正確に描かれている。
南方熊楠や高橋是清などの日本史上の有名人とのつながりの描かれ方は打線随一だろう
政治面でもよく描かれており、伊藤や山縣や明治天皇の苦悩がよく描かれている。

タルるーと君で有名な江川達也は、妙に学術的なことにこだわりたがる癖があり、
「日露戦争はそれまでの歴史の積み重ねである」という理解の徹底するために、
日清戦争から詳しく描いてしまった。
知名度の低い人物のエピソードが続き、読者の求める日露戦争史とはズレてしまった。
また後半は戦争描写ばかりになり、
大ゴマを使って「パンパン」と打ち合う構図が増えた。
しかしこの作品はどの作品よりも「日清戦争」を描いていることは評価すべきであり、
このまま日露戦争にたどり着いた先も見てみたかったものである。

2(遊) めしあげ!! ~明治陸軍糧食物語~ 

実はまだ単行本が1巻しか出ていない作品なのだが、取り上げる価値があると判断。
明治末期の食糧事情というのは実は日本食物史的に非常に重要である。
臥薪嘗胆と呼ばれた国を挙げての建艦・軍拡運動によって、
当時の日本人は非常に貧しかった。
この中で日本人は「白米が食えること」を何よりの贅沢としていたことが
この作品にありありと描写されている。
また、戦時下における野営炊飯、そして現地住民との物々交換など、
なかなか話題に上らない描写が多くなされている。
同時代を描いた食物事情ものとしては、「天皇の料理番」が有名である。
この作品と同時にゴールデンカムイファンには是非とも進めたい作品である。

3(中) ゴールデンカムイ

4月からアニメ化するヤングジャンプを代表する作品である。
この作品は日露戦争ではなく、「日露戦争の直後」を舞台とした作品である。
アイヌ民族が残した金塊をテーマとした作品であり、北海道開拓時代という西部劇のような雰囲気すら醸し出す"闇鍋"感のある作風にファンが非常に多い。
日本における「もうひとつの戦後」を描いた作品であり、
であるからこそ回想として語られる「戦中の描写」に制約がない。
また日本最強の舞台と呼ばれた陸軍第七師団についての描写も深い。
戦場で心に傷を負った兵隊の過去描写は悲しく、切なく、心に響く。
なお、当時の師団名は「第七師団(だいしちしだん)」であり、
自衛隊における北海道「第7師団(だいななしだん)」とは別物であることに注意

ちなみに史実日露戦争における第七師団長は、別に名誉をはく奪されることもなく、
降格されることもなく、天寿を全うしている。
4(捕) 坂の上の雲

日露戦争を描いた不朽の名作である。
司馬遼太郎のいわゆる司馬自虐史観と、ストーリー性を重視するがあまりのねつ造が各所にあるものの、司馬が生きた時代背景を考えればやむをえない点もいくつかある。
司馬は成人後に戦後を迎えた世代であり、
第二次世界大戦の当事者であったことを考える必要がある。
日本は2000年代に至るまでのあいだ、ずっとこの自虐史観を潜在的に抱えており、
小泉内閣時代を迎えるまでの間、大多数の人がこのような考え方だったのだ。

さて、坂の上の雲であるが、その膨大な文章量に圧倒される。
小説9巻に渡る作品であり、またソ連による歴史開示もない時代によくあそこまで調べたものだと感心する。
作品前半は秋山真之・秋山好古・正岡子規の三人にスポットを当てて、
それぞれがどのように生きたのかを描いている。
ドラマ版では秋山真之は本木雅弘を、正岡子規は香川照之が演じたものの、
松山中学生時代を演じるのは少々キツかったかな……
秋山好古は阿部寛が演じているが、もうこれは最高のハマり役である。
決して史実の秋山好古に似ているわけではないのだが、日本人離れした濃い顔立ちは、
秋山好古の「フランス人と間違えられたイケメン日本人」
という史実にぴったりであった。
5(右) 東方昭和伝 外伝「それぞれの日露戦争」

ニコニコ動画に10年近く投稿されている作品がある。
それがこの「東方昭和伝」という作品である。
この作品は明治初年からサンフランシスコ講和条約までをテーマとし、
登場人物をすべて東方キャラに演じさせている人形劇のような作品である。
この作品は第二次世界大戦および太平洋戦争(大東亜戦争)を知る目的としては
最上の作品である。

2011年にこの作品の外伝として「それぞれの日露戦争」が発表された。
この作品の面白いところは、昭和史におけるその後の重要人物がこの戦争でどのように振舞ったのかに焦点を当てているところである。
特に高橋是清や田中義一、森恪などのその後の重要人物が日露戦争でどのように貢献していたのかは非常に興味深い。
特に受験生にオススメしたい作品である
6(一) やる夫で学ぶ日露戦争

やる夫作品というジャンルがある。
これは「やる夫」と「やらない夫」などのアスキーアート(AA)に
台詞や解説を当てた紙芝居のような作品である。
この作品群のなかで「やる夫と学ぶ」系の作品がある。
歴史や経済などのひとつのジャンルに焦点をあてて、
それを「やらない夫」に解説させる作品である。
この作品は「坂の上の雲」ドラマ版と同時期に発表された作品であるが、
「坂の上の雲」の間違い描写を指摘し、2000年代以降に判ってきた日露戦争の真実を語った作品である。
特に「乃木希典無能論」に対する描写はこの打線のどれよりも詳しい。
坂の上の雲を補完する意味で、この作品は是非とも見ておくことを勧めたい。
7(左) wikipedia

厳密には「作品」とは呼びにくいが、描写が非常に細かく、
また読み物として面白いものが多いため、ここにあげることにする。

wikipediaらしく、描写の根拠となる出典が豊富であり、
ロシア側の事情にも詳しい解説がある。
日本海海戦における日本の勝因を細かくリストアップし、
またロシア側の敗因についての描写も詳しい。
講和に至るまでの流れの把握にも適しており、
一度ぐらいは全部目を通しておきたいものである。

「日露戦争」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E9%9C%B2%E6%88%A6%E4%BA%89
日本の脚気史
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E6%B5%B7%E6%B5%B7%E6%88%A6

中でもおすすめしたいのは、「日本の脚気史」という項目である。
日露戦争における脚気蔓延に関する森鴎外についての誤解などは非常に興味深い。
13名無し 2018/01/21(日)15:40:33 ID: ID:vH1
8(三) 二百三高地
『二百三高地』(にひゃくさんこうち)は
1980年の日本映画と1981年のテレビドラマである。
さだまさしの「防人の詩」は非常に有名で、
「海は死にますか、山は死にますか」のフレーズは知っている人も多いはず。

さだは主題歌を依頼された際、山本に「二百三高地の何を描くんですか。
要するに”勝った、万歳”を描くんですか?」と尋ねており、「そうじゃない。戦争の勝った負けた以外の人間の小さな営みを、ちゃんと浮き彫りにしていきたい。そういう映画なんだ」と答えが返ってきたことを受けて依頼を快諾したとのこと。

作中では小学校教師、豆腐屋の息子、ヤクザ、染め物職人など、様々な一兵卒の人生が描かれている。

戦争の悲惨さを描きつつも、ひとりひとりの人生に向き合うのは作品として非常に難しい。これをやろうとすると、どうしても登場人物がかかわっていない戦地の描写が盛り上がらなくなってしまうからだ。
これと同一の作品でありながらも戦争全体についてきちんと描いた作品は、
『バリアント ハート ザ グレイト ウォー』(英:Valiant Hearts: The Great War、仏:Soldats Inconnus : Memoires de la Grande Guerre)ぐらいではないだろうか?
9(投) 皇国の守護者

この打線では唯一の架空戦記であり、日露戦争そのものが舞台というわけではない。
この大協約(グランコード)世界は、「中国がアフリカ大陸にあり、イギリスもアメリカ大陸は存在せず、朝鮮半島が存在しない」日本である。
アメリカ大陸が存在しない代わりに、人外の存在である「天龍」が皇国領土内に生息し、基本的に中立であるものの、心情的に皇国側に味方している。
日本をモデルとするとロシアであるはそれぞれ史実よりも強力な武器や技術がいくつか存在するものの、力関係はまるでそのまま日本とロシアである。

さて、この作品は作中で日露戦争を下敷きにしているとしか思えないような設定がいくつかでてくる。
例えば漫画版終了後、203高地と五稜郭を足して2で割ったような陣地が登場するし、
「新城支隊」などは明らかに秋山好古がモデルであろう。
ただし科学技術は史実20世紀初頭よりも古いものが多い。
銃兵の基本武器は滑腔式前装銃(マスケット)であり、ほとんど火縄銃と変わりない。
ライフルも熱水機関(蒸気機関)もまだ導入されて間もない時代であり、軍艦も帆船がほとんどである。

ちなみに作品の主人公である新城直衛はおそらく石原莞爾をモデルにしていると思われる。またライバルである佐脇俊兼は東条英機であろうか?

せっかくだから、
日露戦争の関係者で後の総理大臣、みたいな打線もやっちゃおうかな
後の総理大臣が日露戦争中に何をしていたのかで打線組んだww
1(二) 山本権兵衛(海軍への適切な指示と分権)
2(遊) 加藤友三郎(参謀長)
3(中) 田中儀一(対露諜報活動と未遂に終わった工作活動)
4(捕) 高橋是清(対露戦争公債発行)
5(右) 鈴木貫太郎(鬼貫戦艦二隻撃沈)
6(一) 森恪(バルチック艦隊妨害活動)
7(左) 幣原喜重郎(ロシア電信妨害)
8(三) 犬養毅(日比谷事件終息に向けた行動)
9(投) 広田弘毅(学生時代のロシア横断諜報)
1(二) 山本権兵衛(海軍への適切な指示と分権)
勝海舟の薫陶を受けた海兵2期卒業のスーパーエリート薩摩人。
薩摩閥であり、かつ海軍に対して絶大な影響力を誇った彼は、
日露戦争当時海軍大臣であった。
いわゆる「海軍のオーナー」であることから、
桂太郎の後を継ぎ大正時代に二度も総理大臣となった。
二度とも、当人の責任とは関係ないスキャンダルで瓦解したことから、総理大臣としての功績はイマイチ。しかし日清・日露戦争において敵国に勝ちうるだけの海軍力を担保し、かつまさしく神采配で適材を適所に無理やり配置した手腕は最大限に評価されるだろう。
日露戦争以前、主に富裕層を中心に「建艦税」と呼ばれる税金がかけられ、
これは国民生活を強く圧迫した。これは夏目漱石の小説に出てくる通りである。
しかしこの税金は結果的に日露戦争勝利に大きく貢献した。
これを実現したのは山本権兵衛の功績と言って問題ないだろう。
また、上村を除けて佐官時代のキャリアに傷を持つ東郷を連合艦隊司令官に任命したのも慧眼と言うべきだ。
2(遊) 加藤友三郎(参謀長)
連合艦隊参謀長として日本海海戦で大活躍した名参謀である。
慢性的な胃痛と胃癌に悩まされ、健康問題で大きな問題こそあったものの、日本の軍事官僚としては最大限に日本に貢献した人物の一人であろう。
高橋内閣におけるワシントン会議において大きな功績を残し、かつ結果に関して海軍を完璧に制御したことは称賛に価する。
日露戦争中は弾丸雨霰の中、戦艦「三笠」の艦橋に立ちつくし、弾が飛んできても安全な司令塔には入ろうとせず、兵士の士気を鼓舞した。
残蝋内閣や変態内閣など、酷いあだ名が多い。
しかしその功績の大半は前職者高橋是清内閣の遺産でこそあるものの、戦後も大きな功績を残した。皇太子(後の昭和天皇)を大正天皇の摂政とし、自ら決めてきた海軍軍縮条約に基づき海軍の軍縮を行い、ついでに陸軍の軍縮も行い、シベリア出兵もようやく取りやめた。
1923年8月24日に急逝(公式発表は25日)により内閣総辞職する。
しかしその1週間後に帝都に大地震が来て大混乱を招いたのは当人の所為かどうか……
3(中) 田中儀一(対露諜報活動と未遂に終わった工作活動)
小説「坂の上の雲」において、広瀬武夫が注目されていた。
駐露武官として現地で情報収集をしつつロシア人との友好を深めたことが語られていたが、それを帝国陸軍内で行った男がいた。それがこの田中儀一である。
広瀬とは異なりロシア正教の洗礼を受け、ロシア風の名前を名乗り、そして体を壊す寸前まで酒を飲んで現地に溶け込んだ。これはロシア人と付き合う上では非常に重要なことである。
秋山好古が現地の騎兵と打ち解けられたのはこの大酒のみであったという点が非常に大きい。

戦後は在郷軍人会を組織し、普通選挙施行後にその組織票を土産に政友会入りした。
ただしその際の「持参金」が陸軍の機密費だったのではないかという疑惑があり、
なにかと黒い噂の絶えない人物であった。
ロシアに来ていた同郷の伊藤博文と喧嘩したことで一時は「ロシアで革命を手伝って日本の利益にしてやる」と息巻いていたものの、
結局は帝国陸軍軍人としての職務を全うする。
広瀬武夫がそうであったように、駐在・留学武官からの生の情報というのは非常に重要であり、
これを有効活用したことが日露戦争勝利の遠因でもあった。
ただし、シベリア鉄道の輸送力をなんと半分に申告し、帝国陸軍の被害をいたずらに増やしたことはマイナス評価である。
これは六列車事件として当人の自伝に載っている。

後のねつ造怪文書「田中上奏文」や満州某重大事件での昭和天皇からの叱責によって非常にイメージの悪い田中であるが、
昭和前期屈指の長期政権と経済回復・その功績は実はすさまじい。
在郷軍人会をまとめ上げ、それを手土産に高橋引退後の政友会に入党したことは、
日本の政治史において大きな意味を持つこととなった。
4(捕) 高橋是清(対露戦争公債発行)
日露戦争の莫大な戦費を誰が集めたか?それは紛れもなくこの高橋是清の功績である。
当時の世界は、同盟国の英国ですらロシアに対して日本が勝つとは到底思っていなかった。
すなわち、そのような国の国債を購入したところで紙屑になることは目に見えており、
多少利率が高かろうとそのような投資を行う者がいるとは思えなかった。
それゆえ元老はこの勝ち目の薄い戦費調達に自ら動くことはせず、
この高橋是清一人に押し付けた形となった。
デビットキャメロン元英国首相の先祖と交渉し、公債の半分を片づけ、
少年時代に少しだけ働いていたユダヤコネクションの縁でなんとか全額を片づけた。
この公債は利回りが良かったことと、ロシア軍が及び腰だったことを理由に人気金融商品となった。
利回り7パーセントは確かに魅力である。
戦後、山本内閣で大蔵大臣を経験し、立憲政友会に入る。
原敬の片腕として政友会特有のバラマキ政策を行い、何度も日本を不況から救った。
昭和金融危機の片面紙幣大増刷や、震災手形の整理、昭和恐慌の対策、金輸出再禁止、とにかく明治末期から戦争直前までの
日本の財政問題のすべてに絡んでいると言っていい人物である。
5(右) 鈴木貫太郎(鬼貫戦艦二隻撃沈)
『日本のいちばん長い日』という映画がある。1945年8月15日の終戦工作を成し遂げた男たちの話である。この日本が最も重要な決断を迫られた時に首相であったのがこの鈴木貫太郎である。
世代的には維新ゼロ年生まれの海軍軍人であり、坂の上の雲で有名な秋山真之と同年代である。
日清戦争で世界初の水雷(魚雷)戦闘が行われ、世界から多くの注目を集めた。
その中で鈴木は日露戦争当時は水雷の専門家であった。
そして敵艦に肉薄しての水雷攻撃を主張して少々煙たがられてもいた。
そもそも当時、水雷とは離れた場所にいる敵に対して砲撃よりも信頼性が高い攻撃手段として認識されていた。肉薄して水雷を放つ危険を冒すのであれば、砲撃のほうが信頼性が高いからである。
しかし当時の水雷は航続距離こそ数百メートルに達するものの、決して信頼性が高い武器ではなかった。このため鈴木は、「敵艦の明かりで新聞の文字が読めるようになるまで近づいてから打て」と兵員に指導していたのである。
実際に黄海開戦において帝国海軍は「臆病打ち」と揶揄されるほど遠い距離での水雷運用を行い、大失敗を犯していた。
これを正すために鈴木の説が見直されたのである。
※当時、技術運用は正規教育を受けた30代の若手に全てを担わせていた。
 すごい時代である。
日本海海戦においては駆逐隊司令として旗艦「クニャージ・スヴォーロフ」、戦艦「ナヴァリン 」、「シソイ・ヴェリキィー」のすべてに水雷を命中させ、
うち2艦を撃沈した。あまりにも戦績が突出していることから、
秋山真之「戦果を1艦、別の隊に譲ってやってくれ」と頼まれるほどの大活躍であった、
6(一) 森恪(バルチック艦隊妨害活動)
歴代総理大臣とは関係ないが、病死しなければ間違いなくそれに近い存在になり、
かつ日露戦争での功績が著しい人物がこの森恪(もりつとむ)である。
満州事変の支持し、鳩山を唆して日本を陸軍国主義の国に仕立て上げようとした帝国主義者であるが、
帝国主義時代の人間に対する「帝国主義的だ」という非難は的外れである。
それは戦国時代の人間に対して「軍国主義的である」と非難しても何ら意味がないのと同じだからである。
さて、この男の日露戦争時代の最大の功績は、「バルチック艦隊の妨害」である。
三井物産新入社員として上海に常駐中に、
本国から「上海の艀(はしけ)をすべてチャーターせよ」との指令を受けた。
艀とは船に物資を送るための軽船であり、言わずもがな、バルチック艦隊への物資補給の妨害任務である。
日露戦争は官民を挙げての大事業であり、
それに協力することは日本に本拠地を持つ企業として当たり前のことだったのである。
この妨害任務は紙一重の差で功を奏し、バルチック艦隊は上海での寄港が不可能になった。
結果としてバルチック艦隊は津軽海峡ルートや間宮海峡ルートの利用を制限され、
対馬沖での全面的海戦を許す羽目になってしまった。
森はこの打線の誰よりも、「日本海海戦」における民間最大の功績を得た人物と言える。
7(左) 幣原喜重郎(ロシア電信妨害)
受験日本史では対中融和路線外交で有名な人物であるが、日本史全体で考えた場合、「日本国憲法制定」の功績のほうが圧倒的に重要な人物である。
敗戦直後という非常に難しい時期にGHQと渡りをつけ、米国に対して最低限の意地を見せつけたという点において、総理在任日数以上に評価されるべき人物である。
幣原外交は、中国政策について非常に消極的であり、撤退すらするべきだという考えを実現した外交である。
今日の感覚でいえば、「中国から撤退しておけばあれほどの酷い戦争にならなかった」というのが一つの考えとして成り立つのであるが、
当時の多くの日本人にとってそれは耐えられないことであった。
それは「日露戦争に散っていった10万の英霊に申し訳が立たない」からであり、
この理論はその後、太平洋戦争でも適用された。
日本軍人にとって死は最大の名誉であるのだが、その名誉を汚す真似は絶対にしてはならない、というのが条件であるがゆえに、非常にやっかいな思想を残しやすいのである。

さて、この幣原であるが、開戦時は釜山で外交官をやっていた。
日露開戦が決まった直後、幣原は一人の警官を呼び、「これから郵便局に行ってロシア側の電信送信を妨害してほしい。その後の生活は自分が面倒みる」と"お願い"をした。
この警官は職務を果たし、ロシア側は本国への電信手段を一時的に失った。
また後日、この警官に「電線を破壊」させ、ロシア側への妨害を行った。
これは現在の国際法でも、当時の国際法でも明らかにアウトである。
しかしこの時代の日本人は、全員が「自分の人生 < 日本」なのであった。
日本のためには自分の人生を賭しても構わないという人物が、この時代にはたくさんいたのである。
8(三) 犬養毅(日比谷事件終息に向けた行動)
犬養毅は、根っからの野党政治家である。
戊辰戦争に従軍記者として参加して以来、彼は「日本を良くするための言論」に注力し、少数政党を率い続けた。
晩年は鳩山一郎と組んで統帥権干犯問題を引き起こし、結果的に日本の軍政を調子に乗らせる結果となった。
515事件で暗殺されるものの、殺した側の海軍軍人たちが非常に甘い裁定を受けたため、これも間接的に226事件というのクーデターを起こすきっかけになったであろう。

さて、この犬養であるが、戦時中はもちろん政府に協力し、挙国一致体制を作り上げるのであるが、この時代の政治家としては戦後、非常に珍しい行動をした。
日露戦争は講和後、国民からの大反感を招くこととなり、野党は条約を破棄せよという徹底的な攻撃を桂内閣に行った。その方が選挙で勝てるからである。
国民は新聞に踊らされていたのである。主に朝日新聞に。
だがこの時、犬養は政府批判こそしたものの、条約破棄はするべきではないという主張を行った。それが自らと政党にとってマイナスになることを知りながら。
おそらく彼は日露戦争における戦況を正しく理解していたのだろう。
犬養のこの行動が、日比谷事件以来の国民思想に直接の影響を与えたというわけではないものの、このように「まともな考えの野党議員」を持ったことは、この時代の日本にとっての幸運であったと言っていいだろう。
9(投) 広田弘毅(学生時代のロシア横断諜報)

のちにA級戦犯として処刑された唯一の文官総理大臣である。
一時期は近衛の代わりに文官として処刑された広田弘毅に同情する声が大きかったが、
実際にはあまりにも軍部のいいなりであり、さすがにこれは擁護しきれないという論調も増えた。
特に軍部大臣現役武官制の復活と、高橋是清の手によって抑えられていた陸軍費を増大させることによるインフレは実に嘆かわしく、文官としての誇りはないのかと言いたくなる。
高橋是清さえ生きていれば、、、と思わせる最悪の総理大臣であった。

さて、その広田であるが、日露戦争時代は学生であった。
学生時代に「日英同盟と世界の興論」という同人誌を発行し、それが飛ぶように売れた。学生の素人出版物としては異例なほど売れたため、政府関係者にもこのうわさが広まっていた。
それが外務省の東大OBの先輩にとまったらしい。
彼は有能さを買われて、シベリア・満州を偵察旅行に行ったのである。
当時は既に日露戦争の機運が高まっており、軍人や官僚が行けば情報が筒抜けになってしまう。これを避けるために民間人で、しかも学生である広田に白羽の矢が立ったのだ。
学生とはいえ、目的がバレれば最悪、処刑される可能性すらあった危険な旅行だったのだが、広田は三か月の長旅でその役割を十分に果たした。
その広田の報告書は今も外務省に保管されているという。
戦時中は松山の捕虜終了所で通訳として派遣され、捕虜からロシア軍の情報を聞き出す仕事を与えられている。
ゴールデンカムイは最高に面白い。
いま樺太編だけど失速しないことを願う
>>45
天皇の料理番のエピソードぽいのがいくつかあるのがいいね
東京湾要塞とかいう今もある跡地
54名無し 2018/01/21(日)20:37:55 ID: ID:vH1
>>53
28サンチ榴弾砲って結局東京湾要塞のもどったんかな?
>>54
すまぬ知らないんだ
東京湾要塞見学できないんかね
>>55 
伊地知幸介が戦後に司令官やっててちょっと草
坂の上読んでますわ今
正岡子規があんな魅力的な人物とはなあ
>>58 
人脈もすごいで。松山は本当に人材豊富やね
明治の首脳陣って結構有能おるんやなあって感心するは
なお昭和
>>60 
そのへんは過去作みてくれや!
昭和中後期、および平成後期は名宰相ぞろいや!
>>61
田中角栄は今の時代に必要な人物と思うなあ
人間が大きいように思う石原慎太郎の小説も結構面白かった
>>62 
「人たらし」という稀有な才能もってたからね。
日本史では豊臣秀吉と桂太郎しか持ってない特殊スキルや
イッチはは近代史に自信ニキなんか?
>>64
せやで!
そのうち明治から現在までを10年単位で解説してみようかなーと企んどる
>>65
石原莞爾って有能なんかい?
>>67 
いわゆる高機能アスペルガーや。
写生の授業でチンコ描いてきたエピソードすき
>>68

坂の上でも言われてるけど
このころの日本軍って武士道精神の最後の時代だよな
敵も称えるというかね
日本海海戦の歌にも敵こそ健気なれとあるしいい時代だ
>>69
武士道というのは金子堅太郎がルーズベルトをたぶらかすのに使った概念やね。
司馬もかいてるんやが
やはり騎兵というのは美学の兵科なんや。
皇国の守護者は原作も読んだ方がええんやろか
>>72
絶対に読むべきや。
あれが日露戦争っぽくなっていくのは本土期間後やで
さて、早いけど今日は寝ようかなと