1: 名無し 2007/06/10(日) 21:23:03 ID:kzWFEprd0.net
関羽北上の際に呉が裏切らず、劉備本隊が長安奪取。
そのまま魏を押し切り、天下統一。

やはり、粛清の嵐か。
4名無し 2007/06/10(日) 21:45:48 ID:44QPREqL0.net
天下統一まで至らないだろう 
蜀漢(関中+巴蜀)と関東の魏で並立して戦線膠着する可能性が高い 
五胡十六国の東西対立が100年早く到来するだけ 
江南勢力は蚊帳の外でも何ら問題なしなのは歴史が証明している 
(中には劉裕みたいな傑物が突然変異で登場することもあるが) 

粛清する前に内乱か簒奪の方が可能性が高いね 
軍権が中央で完全に掌握されているわけではないからね
5名無し 2007/06/10(日) 21:58:58 ID:kzWFEprd0.net
益州閥VS戦功組となりますかね?
6名無し 2007/06/10(日) 22:42:49 ID:3jvaXHVpO.net
>>5 
益州閥なんてないよ 
被征服者なんだから 
あるのは荊州閥 

統一の過程で吸収するだろう中原や冀州の勢力と
劉備政権首脳である荊州派閥の間に対立が起きる可能性は高いな
7名無し 2007/06/10(日) 23:04:10 ID:pbeKjx/iO.net
コーエーの三国志だと 
派閥なんてないよ
8名無し 2007/06/10(日) 23:05:48 ID:3jvaXHVpO.net
>>7 
6をやれ
9名無し 2007/06/11(月) 14:09:38 ID:9VHaOPerO.net
玄徳の息子はまれにみる暗愚だったから、とんでもないことになってたと思う 

曹操は詩人や軍学者としてもすぐれ、曹植は唐以前の最大の詩人とされ。 
曹操、曹植、曹ヒと三人をまとめて、中国詩人ベスト10に選ばれている。 
現代でも米軍士官学校でも教えられてる孫子の兵法は、
原本のかなりの部分は早い時代失われた。 
その中で一番良好なテキストとして後世に影響を与えたのは、
曹操本人が自分で研究し編纂したもの。 
曹操一族が後世にあたえた影響は大きい。 

孫家が統一していれば、海洋貿易国として東西文化交流が進んだと思う。 

10名無し 2007/06/11(月) 15:14:21 ID:MKqzfqIMO.net
稀にみる暗愚ってほどじゃ… 
せいぜい凡君だろ
11名無し 2007/06/11(月) 19:35:45 ID:EOiehPtx0.net
暗愚っていうのなら、後期の曹叡もだろうな。 
前期はまずまずだったのに諸葛亮の死後、
気が抜けて一気にアホになりあっけなく病没。 
それ以降はもはや司馬家に主権を乗っ取られる形に。 
魏はどういう結果になろうとも、結局は司馬家に滅ぼされたろうな。 
12名無し 2007/06/11(月) 22:57:11 ID:+WxSMy1C0.net
暗愚の劉禅が西晋の恵帝の役割になるわけですね 
13名無し 2007/06/12(火) 02:12:53 ID:xeVe+M4r0.net
どうだろうなあ 
劉禅の場合は支える人間がいればそこまで無茶はしない気がする 
それは恵帝も似たようなものなんだが
14名無し 2007/06/12(火) 04:47:25 ID:o3LI6aB50.net
後漢と同じパターンじゃないの宦官と外戚で潰れるっていう
15名無し 2007/06/12(火) 23:59:34 ID:jugFGHxv0.net
劉備の死後、丞相諸葛亮の法家統治・中央集権政策を妨げるべく、
楚王関羽・巴王張飛を中心に、諸侯が蜂起→八王の乱状態
18名無し 2007/06/13(水) 16:10:52 ID:00sypdp6O.net
>>15 
その架空シナリオいいね。 
秦王馬超と燕王趙雲、斉王靡竺、成王呉壱、陳王劉封、衛王黄忠あたりで。
19名無し 2007/06/13(水) 23:27:31 ID:AgkU0GJe0.net
馬超はともかく、趙雲・黄忠の王位はありえんでしょう。 

【八王】 
魯王:劉永→皇弟 
梁王:劉理→皇弟 
斉王:劉封→皇帝の義兄(前漢の劉肥に倣う) 
楚王:関平→先帝の義弟にして建国の元勲関羽の後継(荊州軍閥の領袖) 
巴王:張紹→先帝の義弟張飛の後継(やや冷遇) 
涼王:馬承→西涼の名族馬超の後継 
燕王:魏延→統一戦の活躍から王位へ(北への防壁) 
呉王:孫権→天下の大勢が決した後、漢に降る 
20名無し 2007/06/14(木) 00:15:16 ID:ZjcHBinG0.net
孔明が羌や鮮卑の協力で魏を討ったと仮定したら 
五胡十六国がすぐやって来たかもしれん
21名無し 2007/06/14(木) 01:21:59 ID:Pr9p2ak80.net
前漢→前漢 
後漢→中漢 
蜀→後漢 

と、後世で呼ばれるようになる。 

そして西晋と同様に異民族の進入で衰退
22名無し 2007/06/15(金) 03:36:54 ID:Q5K633G60.net
西晋の衰退は皇帝の無気力と皇族の権力争いが原因だから 
皇帝の無気力はともかく皇族の争いは蜀漢では起きないんじゃないか
23名無し 2007/06/15(金) 23:31:28 ID:iJfBViym0.net
>>22 
この時代の皇帝は無気力って言うより、無力。 
貴族集団全体を威圧して社会を一つにまとめるだけの実力がない。 
だから八王の乱みたいな皇族同士のお家騒動って形を取らなくても、 
貴族同士の内紛は発生するし、内紛になればますます朝廷の支配力は衰える。 

そんな感じで結局は西晋と同じような運命になると思うよ。
25名無し 2007/06/16(土) 11:17:14 ID:X/LyRgT90.net
正史の趙雲は名将というより 
優秀な近衛隊長程度なんだっけ?
26名無し 2007/06/17(日) 09:40:47 ID:7/GY3HqO0.net
>>25 
名将だとは思うけど、大軍を率いたり行政官を務めるとしたら 
あまり事跡が記されていないので判断しかねる。 
太守はやってるようだけど
27名無し 2007/06/18(月) 00:02:24 ID:7kN69Oxa0.net
戦術的な部隊長クラスとしては全時代通しても神クラスだと思うよ。 
項羽や呂布みたいな戦略を左右しかねないほどじゃないんだろーけど。
30名無し 2007/06/19(火) 17:32:56 ID:GYuSTvCF0.net
魏延や楊儀はどう出るだろうか? 
王平は出世できなさそうだな
31名無し 2007/06/19(火) 23:12:47 ID:wkiiNBUi0.net
【諸葛亮が簒奪する場合】 
楊儀=賈充 
魏延=諸葛誕
32名無し 2007/06/21(木) 21:55:34 ID:oElWVxSC0.net
姜維が世に出ないのは確実だろうな
33名無し 2007/06/21(木) 22:07:20 ID:0Y2xMtm60.net
老いたおっかさんと一緒に平和に下級官吏を全うする事だろうな
34名無し 2007/06/22(金) 01:52:57 ID:sK2XTSfe0.net
いつの時代に統一するかによるんじゃね 
劉備時代なら無名のまま 
孔明時代にはいれば嫌でもでてくるだろ
38名無し 2007/06/24(日) 01:07:55 ID:wee0Fqzr0.net
劉備は天下取らなかったから今でも英雄で好かれてるんすよ。
39名無し 2007/06/24(日) 01:24:15 ID:YkdcNGxV0.net
劉邦とか朱元璋とか今や憎まれ役だもんな
40名無し 2007/06/24(日) 04:03:36 ID:h30m2NiA0.net
劉邦はまだイメージがいい方なのでは? 
死後の奥さんの振る舞いが引き立て効果になっているかも知れないけど。
49名無し 2007/06/24(日) 15:51:53 ID:wWUrfBL50.net
晋という時代の雄には逆らっちゃいかんよな。 
魏後蜀もろとも晋に併呑されて終わるのが一番自然だ。
50名無し 2007/06/24(日) 15:56:42 ID:oU/wTdjD0.net
五胡~北朝から生まれた新型統一政権に飲み込まれるのが一番自然。 
その原理からいくと、別に魏晋が蜀漢にそのままスライドしてもどうってことはない。
36名無し 2007/06/24(日) 00:11:36 ID:pOa1xvBDO.net
劉備が天下取ったらでっかい北朝鮮の出来上がりじゃん
41名無し 2007/06/24(日) 12:07:55 ID:wWUrfBL50.net
>>36 
魏は北朝鮮みたいになってたよな。 
マンセー、マンセー、曹操将軍ってな感じに。
42名無し 2007/06/24(日) 12:56:15 ID:c41qBw1E0.net
>>41 
そうか? 
むしろ蜀の方が時代錯誤な北朝鮮だろ? 
43名無し 2007/06/24(日) 13:27:13 ID:wWUrfBL50.net
中央集権制という共通点が魏と北朝鮮にはあるぞ。 
蜀にはどんな共通点があるんだかわからん。
44名無し 2007/06/24(日) 13:52:10 ID:wee0Fqzr0.net
ビンボーで人民が飢えてるところかな?
51名無し 2007/06/24(日) 17:08:28 ID:Q0SO0UyW0.net
現在の理論でいえば昔は世界中が北朝鮮のような国だらけだった
54名無し 2007/06/24(日) 19:24:32 ID:MLKVZ/9I0.net
>>51 
現在の北朝鮮よりも、
中国の宋代や日本の江戸時代のほうがまだマシな時代のような気もする
55名無し 2007/06/25(月) 00:10:59 ID:TWWCNjxm0.net
>>54 
もちろん 
ただ国家体制は似たようなもので指導者が優秀かそうでないかの差 
もし北朝鮮の指導者が歴史上まれな英雄が出たら強国になる可能性はある
58名無し 2007/06/27(水) 01:31:31 ID:RWts6w5s0.net
献帝を魏から奪還して、禅譲してもらわない限り、 
皇帝を名乗れないものなのかな? 

劉備は献帝を魏から奪還しても、生存中は「漢中王」 
で通しそうだから劉禅の代に禅譲を行い、死後に諡号される 
パターンになるのかな?
59名無し 2007/06/27(水) 02:24:13 ID:etjGWy0cO.net
献帝を奪回する必要がない
60名無し 2007/06/27(水) 03:33:09 ID:pBkfOzv90.net
劉備って夷陵での敗戦が無かったら寿命が延びてたかな? 
それでも還暦越えてるからそう長くは持たないか。 
そうするとやはり孫権らが怖い。 曹家とも一緒に、 
婚姻関係と人質を同時に取るのが上策かね 

たぶん曹操にも贈諡するんだろうな
61名無し 2007/06/27(水) 08:18:00 ID:nEMvKTjn0.net
夷陵で陸遜が部下の暴走を止められず伏兵策にかかって負けたらどうなるかな
62名無し 2007/06/27(水) 10:07:18 ID:Z0oyuX2b0.net
>>61 
当然、襄陽から曹魏が南下し、天下は一つに収斂されるだろうな。
63名無し 2007/06/28(木) 10:39:41 ID:NrHngCRi0.net
ホウ統、関平、馬良、魏延らが生きてて 
陳泰が親の代から仕えてて李厳や黄権らが諸葛亮の補佐を続けていたら・・・ 

>>61-62 
まだその時点では魏の名将もだいぶ生き残っているからな。 
北伐のあたりまで国力を蓄えて呉と連携するか
64名無し 2007/07/03(火) 01:19:43 ID:dD9Wvlu70.net
219年 劉備、江陵を除く荊州南部を孫権に割譲し、合肥攻撃を促す。 
     関羽、樊城を落とし、南陽まで北上。許都・洛陽を脅かす。 
     劉備・法正率いる蜀軍本隊、長安に入城、函谷関を境に魏軍と対峙。 
     曹操、献帝をギョウに移すと、息子達を各戦線に派遣し、勢力を堅持。 
220年 馬超、羌族と協力し、涼州を制圧、そのまま現地に留まる。 
     孫権、合肥にて張遼に大敗し、揚州に逼塞。 
     曹操、南陽の関羽を排除すべく戦力を集中。
     劉備も対抗して長安より出陣。 
     魏蜀両軍、荊州北部で対峙するも決着付かず。 
     曹操、陣中にて病を発し病没。曹丕、魏王位を継承するも、 
     ギョウを守っていた曹植、献帝を擁し叛旗を翻す。 ついでに甄氏をゲット

妄想力もこの辺が限界。 
68名無し 2007/07/05(木) 01:42:49 ID:zuHoZn0lO.net
孔明が本気で政治をやったとしても、どうなんだろ。 
結局ある程度は粛清はありそう。 

で、実際だと法正が長生きしてくれれば、蜀もちょっとは面白かったのに。 
ホウ統も…
69名無し 2007/07/05(木) 02:05:32 ID:W+vDc/dK0.net
蜀漢は下級官僚がやたら多くて、幹部クラスでまともに仕事が出来るのは少なかった、 
と言われてるなあ。その手の面子は名士ってだけで高位にあったみたいだし 
これで嵐になるほどの粛清が起こるかな?
70名無し 2007/07/06(金) 01:32:37 ID:h4fySc3q0.net
劉備の死後、実権を握った諸葛亮が関・張らの功臣一族を粛清でFA?
71名無し 2007/07/06(金) 17:56:03 ID:LMzCQFOd0.net
関羽と張飛はまず粛清される事は無いと思うけど…。 
重耳ほどではないにしろ、長い間苦楽を共にしてきたわけだし、
現に劉備が関羽の仇討ちに兵を出したわけですし。 

問題は劉備の死後。孔明が丞相だが、劉備ほど親しくはなかったので多分、 
こじれて反乱が起きるか孔明によって粛清されていたかも。
72名無し 2007/07/06(金) 18:57:28 ID:KwAlP28V0.net
鳳統が生きてたら、魏延や黄忠などを引き連れて 
孔明側(関羽、張飛、趙雲)と対立しそうな予感がする。
73名無し 2007/07/06(金) 19:57:46 ID:GFofnB0OO.net
まず、>>1みたいにうまくいかんだろ。 
「長安占領後、魏を押し切る」と書いてるけど、
魏は押し切られる前に呉や匈奴と組んで、蜀の背後を襲わせるはず。
74名無し 2007/07/06(金) 20:15:08 ID:3AT9P1b60.net
関中落ちたら乱打戦に突入だよ。 
どこが勝つか全く分からん。 
蜀漢もいつまでも一枚岩じゃないだろうし。
76名無し 2007/07/07(土) 00:05:40 ID:9T42TjKe0.net
>>73 
赤壁の因縁は根深いものがあるんじゃないか? 
それに関羽がしっかりと外交に目をむけ、関羽と孫権の子を婚姻させ 
北上に際して、荊州の南半分を呉に返還、蜀呉の同盟堅持に徹底すれば 
背後から襲うのは到底無理。 
匈奴も馬超が丸め込んでるのでそういう状態になったら
さすがに魏でも持ちこたえられないだろう。 
77名無し 2007/07/07(土) 01:36:23 ID:MUSnhlGKO.net
>>76 
魏は赤壁の因縁にこだわって、座して滅亡を待つようなことはしないんじゃないか? 
匈奴も一枚岩じゃないみたいだし、切り崩しが出来るはず。 

呉は、魏が滅亡すれば次はどこが狙われるか分かってるはずだから、
魏が滅びるのを黙って見ていることはないと思う。 

婚姻関係があるから同盟が必ず守られる、なんてのはないし、
魏と結んで婚姻関係に頼りきった蜀の背後を脅かし、魏の存続のために働きそう。
78名無し 2007/07/07(土) 11:19:35 ID:9T42TjKe0.net
魏呉の関係は利益あっての険悪なものだから 
利を蜀の側から持ち込まれたら(魏を滅ぼしたら荊州のすべてを譲渡など) 
魏のために尽くすなんてことはないだろう。 
孫権は荊州に相当拘ってたみたいだし、
それにわざわざ斜陽の魏に肩入れする理由がない。 

蜀が呉を対等な目線で見て、外交にしっかりと尽くせば 
まずは全力で魏を潰すことに協力すると思うよ。 
劉備と孫夫人、諸葛兄弟など蜀呉は親密な関係を築ける要素も多いからね。 

79名無し 2007/07/07(土) 13:16:58 ID:ZgS+UEHF0.net
>>78 
魏を滅ぼしたら荊州だけなんて条件、とても対等とはいえないし、その程度の 
利で蜀に全面協力するほど呉がなまぬるいとは到底思えませんが。
80名無し 2007/07/07(土) 14:05:16 ID:DEesd7wL0.net
魏領切り取り勝手で落ち着くかと。
81名無し 2007/07/07(土) 15:11:19 ID:4LF7PZ430.net
そういや呉との際同盟で魏領は4州ずつ分けましょうとか皮算用してたよな 
あの州のわけかただと蜀呉の領土が分断になるんだが
82名無し 2007/07/07(土) 15:35:56 ID:q3yZZ/HC0.net
実はあの区分だと蜀が大損。
ふざけてるのか?という感じ。
84名無し 2007/07/07(土) 18:14:48 ID:OY6MhBc10.net
>>82 
呉は豫州、蜀は冀州を取ってるから五分五分ってとこだろ。 
当時は他の州は一山いくらだからどっちが取ってもたいした問題じゃない。
83名無し 2007/07/07(土) 17:55:42 ID:4LF7PZ430.net
まああくまで同盟の景気付けで
「われらが勝利すれば呉もお得ですぞガッハッハ」
みたいなもんだしな
86名無し 2007/07/07(土) 19:57:28 ID:DEesd7wL0.net
>>64の続きでも妄想してみるか 

220年 
曹丕、甄氏を奪回する為、洛陽・許昌に最低限の守備兵を置いてギョウへ進撃。 
一方の蜀軍は、先年からの遠征で兵站が限界を迎えており、 
また尚書令の法正・後将軍の黄忠の病死もあり、追撃を断念。 

221年 
曹丕、ギョウにて曹植を包囲するも、曹影が曹植側に付いた為、許昌へ撤退。 
以後、魏は曹植の北魏(黄河以北)と曹丕の南魏(黄河以南)に分裂する。 
      
諸葛亮、法正の遺した益州閥を自派に吸収
荊州軍閥の関羽と並ぶ一大派閥を形成。
87名無し 2007/07/07(土) 21:42:08 ID:wsqxmhwWO.net
>>86 
冷えきっていた夫婦を回復か? 
それは魏の今後を占う重要課題の一つだな。
88名無し 2007/07/07(土) 22:02:23 ID:quMeDVwG0.net
220年 
曹丕、献帝を奪回する為、洛陽・許昌に最低限の守備兵を置いてギョウへ進撃。
(甄氏を奪回するために進行したという説もある) 
以下同文 

221年 
以下同文 
曹丕も甄氏するためとは言えんので、
献帝を奪回するという大義名分を用いるんだと思う。 

89名無し 2007/07/07(土) 22:22:12 ID:wsqxmhwWO.net
>>88 
あーそっか。 
しかし、曹叡が即位したとして皇太后が甄氏だった場合はどうなっただろうか? 
無駄な宮殿の増築や改築は無かっただろうし
健全な後継者を生産することも可能じゃないかな? 
司馬一門に屈しないと思うな。
90名無し 2007/07/08(日) 00:12:07 ID:Wo3GFghe0.net
その前に関羽・諸葛亮の蜀軍に潰されるよw 
曹操が逝去し、更に分裂した魏なんて既に小勢力のようなものでしょ。

蜀漢がもしも天下と取るという話なら恐らく、再度兵站を十分に 
整えた223年頃の討伐軍に滅ぼされてるはず。
91名無し 2007/07/08(日) 00:33:19 ID:0RQyCIjM0.net
>>90 
本来の魏・呉・蜀の国力比って5:2:1くらいでしょう? 
>>64 >>86の妄想設定で、4:2:2くらいまで差が縮まって、 
魏の分裂で、何とか各勢力が互角になる。 

分裂したって、簡単には魏は滅ぼせまい。
92名無し 2007/07/08(日) 00:58:53 ID:Wo3GFghe0.net
分裂したってのが致命的でしょ。 
どっちについていいか分からない兵が大量に脱走するはず 
外敵の襲来という難事を抱えてるのに 
後継者めぐりの醜い争いを開始するなんて国を滅ぼすようなものでしょ。 
諸葛亮や関羽の軍は直属の精鋭で構成され、戦の才で見るならば 
曹丕、曹植など軽々と陵駕。 
圧倒的な軍事力を誇る一枚岩の強国こそが魏であるのに 
分裂などして国力を弱めたら、それこそ他国に付け入る隙を与えるようなもの。 
しかも、相手は稀代の英傑達。 
せめて面子などかなぐり捨てて救国の難事に手を取り合い立ち向かうべきだろう。 
93名無し 2007/07/08(日) 00:59:52 ID:2PWra7p0O.net
魏が小さくなれば、
蜀や呉の侵攻と同時に北方から騎馬民族が侵攻してきて、
また乱世になる可能性もあるなあ。
94名無し 2007/07/08(日) 01:12:03 ID:0RQyCIjM0.net
順調に北伐を進める蜀軍に追い詰められた曹丕or曹植が、 
八王の乱の時のように、傭兵として匈奴とかを中原に招き入れる可能性もあるな。
95名無し 2007/07/08(日) 02:07:34 ID:aN6XzCl/0.net
>諸葛亮や関羽の軍は直属の精鋭で構成され、戦の才で見るならば 
>曹丕、曹植など軽々と陵駕。 

タラレバ世界の設定に意見するのは野暮だとは思うが 
この評価でいいんか?
96名無し 2007/07/08(日) 11:31:34 ID:Wo3GFghe0.net
まあ、普通に見ればそうなると思ったんだけど? 
曹丕、曹植の軍才は大したことないでしょ。 
97名無し 2007/07/08(日) 11:34:21 ID:pErzrcRG0.net
横レスで悪いが 
少なくとも良将もさることながら
末端部の戦に慣れたベテラン兵を多く抱えている方が有利だわな 
そういう意味では蜀のほうが今まで致命的な大敗をしていないなら 
分裂状態でベテラン兵が離散している魏より有利か 

曹家の息子は史実でも親征に度々失敗している分軍事能力に疑問はある 
曹彰という例外はいることはいるが
98名無し 2007/07/08(日) 11:43:12 ID:cpk1Wgy20.net
この年表で行けば、曹魏は袁家の道を辿りそうな気がする。
99名無し 2007/07/08(日) 13:25:59 ID:0RQyCIjM0.net
妄想年表の、漢中攻略~樊城包囲~長安陥落~南陽会戦、 
この一連の流れが法正の主導で行われたのなら、 
四川を起点に天下に至った例として、韓信と並ぶ名声を手にするんだろうな。 
しかも夭逝したから粛清リスクも回避。
101名無し 2007/07/09(月) 00:09:53 ID:KSag8zfg0.net
幽州:公孫淵 
并州:劉豹 

冀州:曹丕 
青州:曹丕 

徐州:孫権 
兗州:曹植 
司隷:劉備 
予州:曹植 

涼州:馬超 
益州:劉備 
荊州:劉備 
揚州:孫権 
交州:士燮 

これくらいカオスな状況じゃなきゃ無理。
102名無し 2007/07/09(月) 01:30:27 ID:GA57N2Gf0.net
それだと劉備有利じゃないか? 
司隷全部抑えたら中国の半分は制するようなものだし 
曹丕と二分がいい
106名無し 2007/07/10(火) 15:13:46 ID:UmnsMrCC0.net
>>86の通りに魏が分裂したら、武将はどっちにつくか妄想してみた。 

【四天王】 
夏侯惇 → 南魏 曹操の遺志を守り、曹丕に仕える 
夏侯淵 → 故人 漢中で黄忠に討たれる 
曹仁  → 故人 樊城で関羽に討たれる 
曹洪  → 北魏 借金を断った件で曹丕の報復を恐れ、曹植側へ 

【五虎】 
張遼 → 南魏 地理的に曹丕側へ付くが、
     骨肉の争いには関与せず、対呉戦線に傾注  
張郃 → 南魏 曹丕とは袁家討伐からの付き合い 
徐晃 → 故人 樊城で関羽に討たれる 
于禁 → 北魏 蜀から開放された後、曹丕に罵倒され曹植側へ 
楽進 → 故人 218年に死去 

曹真は友人である曹丕側、曹休は曹洪との絡みから曹植側かな 

109名無し 2007/07/10(火) 18:28:10 ID:d5v8TM7S0.net
>>106 
篭城してた曹仁は兎も角、援軍の徐晃は死なないんじゃね?
110名無し 2007/07/10(火) 19:15:50 ID:tBjh5gFt0.net
麋芳・士仁が紀信・周苛の如く奮戦。 
関羽は退却し、それを深追いした徐晃が伏兵にかかって討死。 
士気の潰えた樊城を関平に任せ、三日後に曹仁自害、満寵は投降。 
呂蒙が攻めあぐねているところを関羽は直属の五千の兵で蹴散らす、とか。 
無理だな、無理がありすぎるw
111名無し 2007/07/10(火) 19:54:02 ID:d5v8TM7S0.net
麋芳・士仁と関羽が刎頚の交わりでも結んで無いと無理だなwww
117名無し 2007/07/11(水) 22:49:35 ID:Ch0u94aI0.net
逆に考えるんだ 
麋芳・士仁が寝返ったから負けたという言い訳で寝返らなかったら
勝てた強い関羽が想像できるんだ
115名無し 2007/07/11(水) 00:25:16 ID:Jp/TlktW0.net
麋芳じゃなくて麋竺なら大丈夫じゃないか?
118名無し 2007/07/11(水) 23:19:39 ID:Jp/TlktW0.net
んじゃ麋芳と麋竺を同時に任用しよう
119名無し 2007/07/13(金) 23:05:08 ID:MhyjZyK60.net
どのタイミングで呉が痺れを切らすかだな。 
荊州南部を明け渡して機嫌をとっても、いずれ蜀巨大化の危険性に気付くだろうし。
120名無し 2007/07/13(金) 23:30:38 ID:s9khaIjl0.net
蜀が本気で天下取りを狙うなら、
どの道何処かの段階で荊州は呉に預けなければならんのだよな。 

揚州一州では徐州を落とせないという呂蒙の言は正しい=呉には絶対荊州が必要だし、 
涼州取った後で荊州も領有し続けられるほどには益州も豊かじゃねぇ。
123名無し 2007/07/14(土) 02:14:56 ID:6/25IME00.net
つーか荊州を呉に割譲なんて口約束ならともかく現実じゃ無理っぽくね? 
荊州に地縁血縁持ってる連中はまず間違いなく反発するし 
そうじゃない連中だって血を流して切り取ったところを
明け渡す代償が同盟強化ってだけじゃ納得しないっしょ。 
ヘタしたら呉と共同戦線どころか劉備政権崩壊まっしぐらでそ。
124名無し 2007/07/14(土) 03:27:53 ID:C4wN8wWI0.net
しかし、渡さないなら渡さないで力づくでも奪われる罠。
125名無し 2007/07/14(土) 11:27:06 ID:7toMdxxH0.net
そんなことまでして荊州に兵を送り込んだら魏に手薄な 
本国を狙われて呉が滅びる。 
だからこその三すくみなわけで。
126名無し 2007/07/14(土) 17:47:40 ID:C4wN8wWI0.net
>>125 
結局2方面作戦ずっとやってても
呉は長江下流での水上戦では決定的打撃を受けた事が無い。 
これは南朝に共通するけど、長江上流を奪われる事の方がずっと危機的なんですよ。 
127名無し 2007/07/14(土) 18:12:26 ID:3gDBKoma0.net
じゃあさ、関羽に東征を命じてたらどうだった?
128名無し 2007/07/14(土) 18:29:16 ID:C4wN8wWI0.net
後方を遮断されてアボーン。 
船の扱いで呂蒙に勝てるはずもねぇ。
129名無し 2007/07/14(土) 19:08:50 ID:3gDBKoma0.net
真正面から戦えばそう簡単に後方遮断なんか出来ないだろ。 
陸遜が夷陵で出来たのは水軍を放棄してたからだし。 
三峡の険による行動制限が少なければ、ああいう不様な敗北を喫することも無い。 
旧劉表閥に局地戦でほとんど勝ちながら大勢を変えられなかったのは
下流の不利があったからと思う。
130名無し 2007/07/14(土) 19:22:17 ID:C4wN8wWI0.net
麋芳、士仁がきちんと後方を固めてくれるなら
それで結論にしてもええかもしらんが。
133名無し 2007/07/15(日) 12:08:49 ID:XBEGa1md0.net
>>130 
まあ、それが結論かもな。 
後顧の憂いをなくしておけば 
荊州はまるごと関羽軍が収めてもおかしくはない 
展開になってたからな。
134名無し 2007/07/15(日) 12:19:20 ID:xnjilax80.net
関羽が生きてるうちはいいけど年齢も年齢だし
後継を考えなきゃいけないわけだが
巨大な荊州をまかせるのに信用できる武将っている?
135名無し 2007/07/15(日) 13:17:16 ID:YWUW98pM0.net
馬良兄弟かな・・・ 

古今言い尽くされてるけど、蜀は地政学的にメチャクチャ堅固なんだと思うよ。 
特に長江から蜀へ攻め上るのは難しかっただろう。
公孫述や劉璋が落ちるまで何年も掛かってるし、劉禅自身が40年長持ちしてる。
他の時代でも似た例は多いはず。 

蜀漢が滅んだ直後は鐘会・鄧艾も死んで、
一時的にであれ呉に相当有利だったはずなのに 
蜀の旧将が寡兵で入り口の永安を押さえたら、
陸抗の兵3万でも長江を上れなくなったし。 

君主や将兵の資質いかんと余り関係なく(?)、
呉の蜀攻めに相当の時間と労力を消費する点は 
IF妄想する上でもデフォ設定になると思うよ。 
これが三すくみをややこしく(面白く)した要素でもあるだろう。
136名無し 2007/07/16(月) 12:41:11 ID:AK/jhRtY0.net
益州はそれ自体が巨大な要塞だもんな。 
ただ出入りが不便すぎるし、
前線に兵力を集中させてる時に迂回を食らって負けることもある。
137名無し 2007/07/16(月) 14:31:34 ID:BkqFBA1F0.net
蜀の旧将は羅憲か。ほとんど顧みられないが仕事は大きかったな 
とりあえず益州に逃げ込めば守りを固められるとすれば、 
関羽には荊州を保てなくなったら永安まで退く選択肢もあったことになる 
まあ結果論だが
138名無し 2007/07/16(月) 14:45:00 ID:AK/jhRtY0.net
逃げ込む前に夷陵を閉じられてたしな。 
孟達・劉封と合流するのは手として「無し」だったかな? 
配下が四散しては戦えるはずもないし。
139名無し 2007/07/16(月) 15:17:48 ID:zBAqA2B90.net
合流する相手と仲良くないと、首を土産に魏・呉のどっちかに投降される・・・ 
人間関係も大事だね
140名無し 2007/07/16(月) 18:55:20 ID:AK/jhRtY0.net
しかし荊北の一角を出城として確保しておけば、そう易々と降らないと思われる。 
孟達の投降も関羽敗死の責任を追求されそうだったからだし。 
不幸中の幸いという感じにはならないかな? 
樊城からの撤退で南に行くのはもうその時点でどん詰まりだし。
141名無し 2007/07/16(月) 23:04:48 ID:h7sp4cTg0.net
蜀の北伐の為、荊州で確保しておくべき拠点は、以下の3つな訳ですな。 
・江陵…関羽軍北上の始点かつ長江下流域への策源地 
・夷陵…益州との連絡口、荊州失陥時の反攻の拠点 
・上庸…荊北・司隷への匕首 

219年の蜀軍北伐の際の、孫呉対策として、 
①上記三点を除いて荊州南部を割譲し、一時的にでも呉と修好しておく。 
②孫一族もしくは呉の有力者と縁組を行い、蜀シンパを作る。 
③呉の背反に備え、江陵に有能な太守を据える。 
これくらいしておけば、呉は呂豪の病死で、積極的な軍事行動に出れなくなる訳だし、 
十分北伐がある程度成果を上げるまでの時間は稼げると思う。 

ただ、①は荊州人士に不満が出るだろうし、②は関羽が一旦破談にしているし、 
③も関羽のプライドを刺激しないで上手く付き合える人間じゃないと
勤まらないわけで…。 
やはり、髭が難点になるのかw
142名無し 2007/07/17(火) 00:22:53 ID:m8VRYr/h0.net
関羽以外の誰かを荊州に残せば②③はクリアできる 
①は荊州出身者なら同郷の連中の不満を抑えられる(かも知れん) 
・・・荊州に残るのは馬氏兄弟か?
143名無し 2007/07/17(火) 00:58:04 ID:10Xs1f3i0.net
荊州出身者で、呉と交渉&威圧できるだけの能力と名声があって、 
髭のプライド&兵糧略奪事件をカバーしつつ、
後方から髭と上手く付き合える人物か。 
「懸命に探しましたが、みつかりませんでした。」だなw 

そもそも馬良は当時から荊州で関羽を補佐してて、
史実の結果に終わったわけだからな。 
他に候補を上げようにも、錦馬超には髭が対抗心剥き出し、
漢中戦の功労者の黄忠は格下呼ばわり、 
魏延は漢中太守の重責、張飛は徐州失陥の前科持ち、趙雲はそもそも実績が無い。 
第一、このメンバーを荊州に回したら、劉備本隊の長安攻略が難しくなる気が。 

やはり、龐統が死んだのは痛いな。
144名無し 2007/07/17(火) 01:25:15 ID:/zvOKzgL0.net
どっちにしろ両面作戦になるんだから、 
漢中(魏延)、夷陵(孟達)、江陵(黄権)と配して、全力で長江を下ってはどうか? 
魏を滅ぼすよりはるかに簡単だと思うが。
145名無し 2007/07/17(火) 02:12:45 ID:VllPSZlK0.net
呉を取ったは良いものの行政がパンクして終わりじゃねぇかなぁ。
146名無し 2007/07/17(火) 02:16:11 ID:f6M5G44W0.net
たぶん蜀の主戦論は>>144みたいな意見だったんだろうな 
ただ、成功すれば魏と南北対決、失敗すれば滅亡・・・ 
リスクが大き過ぎるのでは? 
まあ、やってみない事には三すくみを打開できないんだから、 
>>144の成功シナリオを考えると面白いな 

あと、攻めるリスクと攻めないリスクを天秤にかけて 
攻める事にしたのが漢中の戦い、攻めない事にしたのが魏延の長安攻めの策、 
天秤がぶっ壊れたのが夷陵の戦いだね
148名無し 2007/07/17(火) 05:02:12 ID:rwHZwOwg0.net
>>146 
ショウエンの川下りもありましたね>攻めない事
149名無し 2007/07/17(火) 23:51:37 ID:5eC/r4Ap0.net
ショウエンの戦略は孔明時代もショウエン死後も結局しなかったよな 
あまり意味のない作戦だったのかな
150名無し 2007/07/17(火) 23:53:55 ID:Ns/0f2kb0.net
>>149 
ショウエン以外の蜀の皇帝と高官が全力で止めに入るほどだからなあ
151名無し 2007/07/18(水) 00:46:48 ID:bDpIgyST0.net
蒋エンの作戦は、規模は違えど晋代になって羊コが征呉の策として上奏した。 
しかし、その存命時は政敵の反対にあって実行されなかった。 
つまりはそういうことだろうなぁ。
152名無し 2007/07/18(水) 20:55:31 ID:E7CxF5lB0.net
蒋の時代と晋のヨーコさんとはとれる戦略の幅も国力も段違いという違いはあるな 
敵中を水上突破で向かう策は他方面に進軍可能な兵力があればそれもありだが 
蜀の少数兵力でそれをやるには無理はある
153名無し 2007/07/18(水) 21:25:41 ID:putwG43d0.net
長江を下るってことが実際は魏を狙う作戦としても
呉にいらぬ警戒を抱かせると思ったのかも
154名無し 2007/07/18(水) 21:30:27 ID:1znsA4GK0.net
>>153 
いらぬ警戒どころかショウエン川下りの真の目的が
呉(荊州)攻めだったのかもしれないしな。
155名無し 2007/07/19(木) 01:13:38 ID:G0vJZHQA0.net
蒋エンと当時荊州で執政を取っていたハンシュンとは姻戚だよな。 
上手く連携が取れればあるいは…とは思わないでもないが、 
ハンシュンも謀反を疑われかねないから滅多な行動は取れないか。
156名無し 2007/07/19(木) 02:31:29 ID:bXUVmMNT0.net
孔明死後直後に起きた蜀呉国境紛争もあるし 
やはり蜀と呉は同盟組んでいても
お互い完全に信頼しあっていないという関係だったのかもな
157名無し 2007/07/19(木) 12:42:44 ID:qXz8nVm20.net
呉の苛烈な人狩りに反発した(はずの)山越を 
蜀が懐柔すれば、呉との力関係を是正できたかも知れん 
ただ山越の懐柔は魏もやったが不調だったらしいので効果は不明
158名無し 2007/07/19(木) 16:56:47 ID:5Etg9mnn0.net
山越ってそんなに大勢いたの? 
いるなら、まとまって国でも作ればよかったのにな。 
単一の民族ってわけじゃないから無理なんだろうが 
近くの国家に帰順もせずに略奪とかしてくる連中って、
国からしたら本当に迷惑だっただろうな
161名無し 2007/07/19(木) 21:46:00 ID:G0vJZHQA0.net
>>158 
呉書を読む限り、 
山越はどちらかというと、
呉の搾取に耐えかねて反乱→負けて奴隷にされるのパターンな気がする
159名無し 2007/07/19(木) 17:45:33 ID:bXUVmMNT0.net
そもそも当の山越からすればよそ者が勝手に入ってきて
国を作られて支配下に収まれと言われても困るだろうな
160名無し 2007/07/19(木) 21:45:34 ID:AHyHlQYS0.net
陳寿は
「呉は山越対策に追われたせいで 
  魏にへりくだる羽目になった」らしい事を言ってるし 

孫権も「山越が片付きさえすれば蜀の攻略に専念できるのに」 
と言ってるから、呉には相当ウザい存在だったんだろう。 

ただ蜀も山越に積極的には工作してないみたいだが 
たぶん工作する余裕がなかったんだろう。
165名無し 2007/07/20(金) 18:45:42 ID:LmE0fn7+0.net
異民族対策ならやっぱ田豫を手放しちゃダメだったな。 
魏で北方の異民族を押さえ続け、
80過ぎまで元気に働いてくれる人なのに。 
あと孫家キラーの陳登。
孫策孫権の代に何度攻めてもいつも陳登に撃退されてるし。
169名無し 2007/07/28(土) 00:10:56 ID:WD2r/qAA0.net
もしスレタイの通りになってたら現世では 
魏呉の事なんてネタくらいでしか語られなかったかもな。 
金や元による異民族支配が中国大陸に根を下ろしてた時代には 
「漢民族」の誇りも込めて蜀漢正統論は一際極まってたからな。
171名無し 2007/07/28(土) 20:13:32 ID:PYUHQjyC0.net
漢中王劉備の跡を継いだ劉禅は諸葛亮の補佐を受け天下を統一し、
洛陽にて帝位に即く。 
この新しい漢王朝は前漢・後漢の後を受け、『季漢』と呼ばれることとなる。 

新王朝は各地に藩鎮・諸侯王を有した、皇帝権力の脆弱なものであった。 
その状況を憂いた丞相諸葛亮の主導による粛清が行われ、
関張一族を始めとする諸侯王は廃絶されていく。 
だが、粛清の結果は皮肉にも皇帝権力ではなく、
諸葛亮の権勢を増していくこととなった。 

大権を手中にした諸葛亮に対し、
李厳を始めとする側近は帝位簒奪を勧めるものの、 
諸葛亮は秦王に封じられるまでで、飽くまで臣下の地位に留まったまま、
世を去った。 

が、秦王位と大権を受け継いだ息子の諸葛瞻は帝位を望み、
父の死の数年後に傀儡の劉禅より禅譲を受け、
長安を首都とする新王朝『秦』を開く。 
この王朝は、始皇帝の秦と区別するため、『後秦』と呼ばれることとなる。 

173名無し 2007/07/29(日) 12:25:23 ID:88VvwevN0.net
光武帝マニアの諸葛亮なら 
功臣の粛清はしないが権力も兵士も与えない、 
子孫も高官につけない・・・と妄想
174名無し 2007/07/29(日) 15:29:00 ID:G6zarsUX0.net
後漢の失敗見てるから外戚と宦官の権力を削るような政策取りそうだな 
そのために皇族優遇で最終的に八王の乱へ・・・ 
あお皇族の数じゃならないか
175名無し 2007/07/29(日) 15:41:16 ID:PtZsmgxb0.net
スレタイ通りになってたら、以外と劉禅の時代で孔明を処刑されてたかもね。 
劉邦時代の韓信もそうだし豊臣秀吉も猜疑心で周りの将を疎遠してるし、 
太平の世では才のある人間は疎遠される傾向にあるでしょ? 
劉禅じゃなくても、他の宦官が劉禅に孔明のいらぬ噂を流したかもね。 
関羽も以外と独立国家を建てたかもよ。人望あったみたいだし。 

どの道長くは続かないだろうね。劉備じたい政治には無能だし。
176名無し 2007/07/29(日) 15:46:32 ID:4e0PGdsB0.net
諸葛亮って光武帝マニアだっけ? 
菅仲・楽毅マニアってのは有名だけど 

それに光武帝は君主で諸葛亮は所詮臣下なんだから 
>>175のようにどこかで処刑されるか 
保身のためにクーデター起こして司馬氏と同じ運命たどると思うけど
178名無し 2007/07/29(日) 15:49:29 ID:gMjTE/490.net
諸葛亮って北伐前の李厳の「九錫もらっちゃえYO」って勧めに対し、
「北伐成功したらね」って返答してるんだよね。 
つまり北伐に成功したら九錫もらって王に封建されて禅譲っていう
曹氏や司馬氏と同じ道をたどる可能性大。
179名無し 2007/07/29(日) 21:35:03 ID:G6zarsUX0.net
いつ統一するかによるな 
統一後すぐに公明が病死すれば名臣になる 
息子はボンクラなので禅譲できるほどじゃないし 
統一後体制固めて死亡が公明にとっても蜀にとっても最高のパターン
182名無し 2007/07/30(月) 03:51:32 ID:w/wrrEfL0.net
>>179 
または統一後まもない頃とっとと完全隠居してしまうか 
風のように姿を消すファンタジー世界の人物のようになるか 
まるで光栄の孔明伝のオチみたいだが
180名無し 2007/07/30(月) 01:58:02 ID:6RmIjVUP0.net
蜀統一後に劉備が死んで、もしホウ統も生きてたら、 
孔明といい勝負したろうね!一番の目玉になりそうwww 
2大勢力、分があるのはどっちだろう??
183名無し 2007/07/30(月) 10:44:45 ID:RBapHOJm0.net
>>180 
コネが強いのは諸葛亮の方だから彼が有利じゃないか? 
ホウ統ブサイクだし 
184名無し 2007/07/30(月) 15:30:02 ID:6RmIjVUP0.net
>>183 
昔からの武将達なら孔明に付くけど、関羽や張飛がいたら許さないだろうね。 
ホウ統は好戦的だから血の気が多い武将が付きそう! 
趙雲などは孔明派、実権をほぼ孔明が握ってれば張飛、関羽はホウ統に付くだろうね! 

もしくは劉邦時代の張良のように蜀を去るかな?
186名無し 2007/07/30(月) 19:52:04 ID:9LA0E9+V0.net
多分北宋の新法旧法の争いのように
孔明ホウ統が生きてるころはレベルのたかい政争だろうけど
この二人が死ぬとレベルの低い左遷合戦になるだけだと思う
187名無し 2007/07/30(月) 21:17:25 ID:MnbfQ/qL0.net
・入蜀時、ホウ統が死なず、諸葛亮・張飛は荊州に残った。 
・諸葛亮に支えられた関羽は呉蜀同盟を守り、
 結果、ビホウ、士仁、孟達、劉封は裏切らなかった。 
・曹氏は皆戦って死んだが、孫氏は孫権除いて皆降った。 
・天下統一時、劉備らは冀州。関羽と諸葛亮と馬兄弟は呉。
 劉禅、呉懿、李厳、孟達は益州。(法正は死去) 

以上を元にオチを妄想してみた。 

天下統一を果たすと、劉備は中原を脅かす鮮卑を打つべく遠征軍を結成した。 
養子の劉封、軍師ホウ統、魏延、黄忠、張飛、馬超ら歴戦の将、
張コウ・田豫ら魏の降将を率い、鮮卑を討伐。 
しかし、鮮卑は手強く、一進一退の攻防が続く中、遠征に疲れた劉備は陣没死した。 

跡目は劉禅がつつがなく継ぐはずだった。 

しかし、かねてから劉封と不仲だった孟達は、これを機に彼を除こうと企てる。 
はじめ呉懿らは反対したが、劉封の武名が劉禅のみならず
劉永・劉理を脅かす事を考え、計画に賛同した。 
かくして劉封"のみ"を前線から召還する書状が劉禅の命によって出される。
190名無し 2007/07/30(月) 22:15:08 ID:MnbfQ/qL0.net
一応、劉備の親征軍は、統一後の反乱防止を避ける軍縮も兼ねる為、
早期に行われると想定します。 
兵を故郷に帰すのは人道上の理想ですが、
実際にそれを行うと各地で豪族が強くなってしまうので。 
他の点についての指摘は後でして貰い、それに準じて修正します。 

李厳は、孟達と呉懿の企てを諸葛亮に密かに漏らす。 
李厳は劉禅の才覚に不満が有り、かねてから諸葛亮に九錫を賜り、
呉王となる事を勧めていた。 長江を使って放たれた伝令は、
劉封が劉禅からの書状を受け取る前に諸葛亮の下へと届く。 
事態を憂慮した諸葛亮は、関羽と馬兄弟それから諸葛キンらに後を託し、
単身で成都へと帰還する。 

荊州は潘濬を筆頭に麋芳・士仁らが治めており、
彼等は諸葛亮を迎えるとそのまま益州へ送り出した。 

一方、劉備が倒れた冀州では、劉封を総大将として晋陽まで撤退し、
各将が新政権の命令を待っていた。 

そこへ、劉禅からの書状が届く。
内容を検めた劉封は激怒したが、一応諸将らに意見を求める。 
劉封から意見を求められたホウ統は、
外地にあって大軍を擁する劉封を危ぶんでいるのだと諭す。 

また、自身の潔白と帰還を主張する劉封には、
扶蘇・蒙恬の故事を引いて軽々しく帰還しないように進言した。 
張飛、馬超ら諸将もこれに賛同し、
冀州の軍は河北に残るという返書が益州に送られた。 

劉封が帰還を拒否したと知るや、
孟達は自らの浅知恵がホウ統らによって見破られた事を悟る。 
完全に自業自得だが、以後、孟達は劉封が大軍を率いて
自分を殺しに来るという悪夢に取り付かれる。
191名無し 2007/07/30(月) 22:25:32 ID:9LA0E9+V0.net
仮に統一しても史実では異民族が勃興する時期ということを考えて妄想よろ
192名無し 2007/07/30(月) 22:31:14 ID:MnbfQ/qL0.net
あ~鮮卑が実際に頑張り始めるのは曹叡の時期か。うぬぅ。
193名無し 2007/07/31(火) 03:16:44 ID:FXg1/uJq0.net
蜀統一後、劉備は孔明をそばに置くと思うよ!孔明もそれを望むはず。 

孔明は馬一族とホウ統を鮮卑対策で北へと遠征させる。 
益州は呉イ、費イ、蒋エンを中心に任せ、南蛮も反乱を起こさず平定するだろう。 
呉は関羽、馬良を中心に睨みをきかせ、劉禅は劉備と共に長安へ。 

孔明は南蛮は平定で蜀も安泰、呉は関羽の睨みがあるが、
北の鮮卑や魏の残党が気がかりになるはず。 
ホウ統と馬一族には鮮卑に睨みを利かせ、討伐命令は出さないと思われる。 

張飛親子とキョウ維には魏の残党狩り及び、治安維持に着手。 
趙雲は信頼できるから孔明のお膝元に! 
あっ、ギエンは理由を付けて殺すと思われる。 

劉備には劉表の例もあるからと、劉禅に後継者として決めさせる!
もちろん趙雲が劉禅のバックに付く! 
劉邦は後継者となる事はないでしょ!それは自分が良くわかるはず! 
孟達は国と自分が安泰ならば反乱は起こさないね。 
ただ魏の降将がいれば、史実のキョウ維のように反乱を起こすだろうね! 
孔明は読むと思うけど。
198名無し 2007/07/31(火) 16:29:11 ID:lDdNWQ6VO.net
>>193 
>劉禅は劉備と共に長安へ。 

>ギエンは理由を付けて殺すと思われる。 
劉備居るなら魏延のこと殺せないと思うんだが。
199名無し 2007/07/31(火) 21:06:19 ID:PAJADzFB0.net
魏延は劉備の大ファンだから劉備が生きている間はまず裏切らないと思われ
194名無し 2007/07/31(火) 10:48:05 ID:1uuvEfDUO.net
実際劉封は孟達に勝ってたら最終的にどのくらい出世したんだろう
195名無し 2007/07/31(火) 11:57:43 ID:z0itiX1X0.net
>>194 
関羽を見殺しにした時点で詰んでいたと言わざるを得ない。
203名無し 2007/08/01(水) 05:08:17 ID:pI8HpQNR0.net
<揺籃期> 
191:東郡太守 
192:兗州刺史、青州兵 
193:匤亭の戦 
194:徐州大虐殺、濮陽の戦 
195:定陶の戦 

<成長期> 
196:献帝を擁立 
197:宛城の戦、陳の戦 
198:下邳の戦 
200:小沛の戦、張繍の降伏、白馬の戦、延津の戦、官渡の戦 
202:黎陽の戦 
204:冀州の戦 
205:南皮の戦 
206:壺関の戦 
207:白狼山の戦、丞相就任 
208:当陽の戦、赤壁の戦 

<迷走期> 
211:潼関の戦 
213:濡須口の戦、魏公即位 
215:漢中の戦 
216:濡須口の戦、魏王即位 
218:漢中の戦 
219:樊城の戦 
220:病死、魏帝追号
204名無し 2007/08/01(水) 05:13:09 ID:pI8HpQNR0.net
>>203を参考にするならば、10年で中原は征服出来る。 
まあ相手の仲間割れは必須条件だが。
212名無し 2007/08/02(木) 03:33:48 ID:o1wnbhr50.net
人材の取りこぼしのない理想的な劉備陣営を誰か考えてくれ。 
桃園結義 劉備+関羽+張飛+簡雍+田豫 
公孫賛の客将 +趙雲 
孔融救援 +太史慈 
豫州刺史 +孫乾+陳到+麋竺+麋芳+陳羣+陳登+陳珪
214名無し 2007/08/02(木) 22:32:44 ID:ucYDFd8g0.net
>>212 
桃園結義 劉備+関羽+張飛+簡雍+田豫
公孫賛の客将 +趙雲 

虎狼の客将 +呂布 
対曹操連合で +馬一族 
人質取替えして +徐庶
孫堅より先に周喩に会って +周喩 
曹操を説得して +曹操軍 

これでい?
216名無し 2007/08/03(金) 11:12:27 ID:dkGYKtwa0.net
>>214 
最後の2つはアリエナス 

曹操より一足早く荀彧のところへ関羽が到着 +荀彧 
華萠関で广徳が健康で馬超と同行している +馬超+馬岱+广徳 
呂布討伐後、関羽が張遼の面倒を見る +張遼 
裴元紹が趙雲を襲わない +裴元紹
217名無し 2007/08/03(金) 20:03:03 ID:zrjBJAdD0.net
捕囚の身に落とされながらも、
劉備の歓待に歓迎惚れ込んでしまったため +王忠+劉岱 
長沙陥落時素直に降伏したため +韓玄
218名無し 2007/08/04(土) 05:18:24 ID:l1PWxjA20.net
曹操と劉備、始めて会って曹操が劉備の人柄に惚れる +曹操軍 
連合軍で劉備の人柄に惚れる +孫堅軍 +袁紹軍
董卓、連合軍での劉備の人柄に惚れて長安開場 +董卓軍 
上京した馬トウ軍、劉備の人柄に惚れる +馬トウ軍 
帝、劉備の人柄に惚れる +即位 
その他の群雄、帝である劉備の人柄に納得 +天下統一 

これでい? 


220名無し 2007/08/04(土) 10:49:52 ID:AqIhkL9G0.net
>>218 
キン肉マンかよww
221名無し 2007/08/04(土) 12:36:13 ID:juHJnrfn0.net
>>218 
発動、劉備の火事場のクソカリスマ力 








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