スペインの絶対王政
○ ハプスブルク家のヨーロッパ支配 
・ スペイン国王カルロス1世と神聖ローマ皇帝カール5世は同一人物 
1556年 カルロス1世退位 
→オーストリア系(神聖ローマ皇帝):オーストリア、ハンガリーを支配 
→スペイン系(スペイン国王):スペイン、ネーデルラント、ナポリを支配
○ スペイン国王フェリペ2世 〔最盛期〕
1571年 レパントの海戦→オスマン帝国に勝利 
1580年 ポルトガル王国を併合→「太陽のしずまぬ国」
1588年 スペイン無敵艦隊(アルマダ)がイギリス海軍に敗北 
・ 植民地アメリカ大陸からの銀の流入により繁栄 
・ カトリックを強制、プロテスタントを弾圧 
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オランダの独立
〔北部7州(オランダ)〕ゴイセン(カルヴァン派)が多い→独立戦争を起こす 
〔南部10州(ベルギー)〕カトリック教徒が多い→独立せず 

○ オランダ独立戦争:独立軍指導者オラニエ公ウィレム 
1579年 北部7州がユトレヒト同盟を結成 
   →その後、ネーデルラント連邦共和国の独立宣言 

○ オランダの貿易発展:首都アムステルダムは国際金融の中心 
1602年 東インド会社の設立→アジア貿易に進出 

イギリスの絶対王政〔テューダー朝〕
○ エリザベス1世 
・ 第1次囲い込み(エンクロージャー)→羊毛生産・毛織物工業の発展 
・ イギリス国教会の確立(1559年 統一法) 
・ 東インド会社の設立(1600年)→海上貿易・海外植民地獲得へ進出 

○ 農村の社会階層 
・貴族(地主)
・ジェントリ(郷 紳)
・ヨーマン(独立自営農民)
・小作農 

ドイツの三十年戦争(1618-48年)
○ 発端:ベーメンの新教徒がハプスブルクのカトリック支配に対して反乱 
     皇 帝 派      ⇔         反 皇 帝 派
ドイツのカトリック派諸侯         ドイツのルター派諸侯
神聖ローマ皇帝(ハプスブルク朝)     フランス国王(ブルボン朝)
ヴァレンシュタインが皇帝軍を指揮  デンマーク国王 
                     スウェーデン国王(グスタフ・アドルフ) 

ウェストファリア条約(1648年)
・フランス(アルザス獲得) 
・スウェーデン(バルト海沿岸獲得)の領土拡大 
・スイス&オランダの独立承認 
・ドイツの諸侯にルター派、カルヴァン派の信仰の自由 
・ドイツの諸侯に主権を認める→神聖ローマ帝国の解体 

イギリスの市民革命
ステュアート朝
〔初代〕ジェームズ1世:王 権 神 授 説をとなえる 
〔2代〕チャールズ1世:新たな課税(スコットランド戦の戦費のため) 
1628年 権利の請願:議会が国王に提出、議会の承認なき課税に反対 
1640年 国王が議会を招集(短期議会→長期議会)→議会が国王を批判 

ピューリタン革命(1642-49年)
鉄騎隊の活躍により議会派が勝利
・長老派:立憲君主政めざす(ジェントリの支持) 
・独立派:共和政めざす(ヨーマンの支持) 
・水平派:共和政めざす(小作農の支持) 

独立派の独裁(1649-60年)
・ 指導者:護 国 卿クロムウェル→長老派を議会から追放、水平派を弾圧 

1649年 国王チャールズ1世を処刑、アイルランドを征服 
1651年 航海法:オランダ船をイギリスから排除 
1652年 英蘭戦争:イギリス〔勝〕vs.オランダ〔負〕 

王政復古(1660-88年)→ステュアート朝の復活
〔3代〕チャールズ2世・・・カトリックを擁護 
1673年 審査法(国教徒のみ公職に就任)
1679年 人身保護法(不当逮捕の禁止)
・ 議会ではトーリー党とホイッグ党が成立 

〔4代〕ジェームズ2世・・・カトリックと絶対王政の復活をめざす 
1688年 名誉革命
   → 議会がオランダからウィレムと妻メアリを国王として招く 
   →ジェームズ2世は亡命 
〔5代〕ウィリアム3世・メアリ2世 
1689年 国王は議会の権利の宣言を承認→ 議会はそれを権利の章典として制定

〔6代〕アン女王… 大ブリテン王国 →1707年 スコットランドを併合

《ハノーヴァー朝》
〔初代〕ジョージ1世「君臨すれども統治せず」 
1721年 ウォルポール首相:責任内閣制(内閣は議会に責任を持つ)の成立  

フランスの絶対王政
○ ユグノー戦争(1562-98年) 
カトリックvs.ユグノー(カルヴァン派)〔ブルボン家〕 
1572年 サンバルテルミの虐殺(ユグノーを虐殺) 

ブルボン朝の成立(1589年) ← ヴァロワ朝の断絶
〔初代〕アンリ4世:ユグノーからカトリックへと改宗 
1598年 ナントの勅令(カルヴァン派の信仰の自由を認める)→ユグノー戦争終了 

〔2代〕ルイ13世&宰 相リシュリュー: 反ハプスブルク外交 → 三十年戦争に介入 

〔3代〕ルイ14世(太陽王)
1) 宰相マザランの時代 
・ フロンドの乱(貴族の反乱)を鎮圧→王権強化 
2) 国王親政の時代
・ 財務総監コルベールの重商主義政策
・ ヴェルサイユ宮殿の建造(バロック式) 
・ ナントの勅令廃止(1685年)→ユグノーの商工業者が国外亡命 
・ファルツ戦争
・スペイン継承戦争→ユトレヒト条約
(ルイ14世の孫フェリペ5世がスペイン国王に即位) 

プロイセン王国 ホーエンツォレルン朝
・ ブランデンブルク選帝侯国+プロイセン公国(←ドイツ騎士団領)により成立 

フリードリヒ・ヴィルヘルム1世(位1713-40年):軍備増強 

フリードリヒ2世「君主は国家第一の僕」 
・ 啓蒙専制君主:啓蒙思想の影響を受けた絶対主義君主、上からの改革 
・ フランスの啓蒙思想家ヴォルテールとの交流 
・ サンスーシ宮殿(ロココ式) 

オーストリア帝国ハプスブルク朝
マリア・テレジア:プロイセンとの2度の戦争 
1) オーストリア継承戦争(1740-48年)〔ジョージ王戦争〕 
・ オーストリア・イギリスvs.プロイセン・フランス 
・ プロイセンがシュレジェン地方を獲得 

2) 七年戦争〔フレンチ・インディアン戦争〕 
・ オーストリア・フランスvs.プロイセン・イギリス 
・ 外交革命:ハプスブルク朝とブルボン朝が同盟を結ぶ 

ヨーゼフ2世:啓蒙専制君主 
・ 農奴解放、宗教的寛容など上からの改革 

ロシアの絶対王政
1) モスクワ大公国(15-17世紀) 
イヴァン3世:ツァーリ(皇帝)の称号を初めて用いる
イヴァン4世(雷 帝):ツァーリ(皇帝)の称号を正式に用いる
シベリア征服(コサック首長イェルマークの活躍) 

ロマノフ朝(17-20世紀)・・・ミハイル・ロマノフが創始
ピョートル1世(大帝)
・首都ペテルブルクの建設 
・ネルチンスク条約(1689年)→清と国境確定 
・北方戦争(スウェーデンを倒す)→ロシアのバルト海支配 

エカチェリーナ2世・・・啓蒙専制君主 
・南下政策→オスマン帝国からクリミア半島(黒海北岸)を奪う 
・日本(根室)に使節ラクスマンを派遣 
・プガチョフの農民反乱を鎮圧→農奴制の強化 

ポーランド王国の分割
ヤゲウォ朝(14-16世紀)〔繁栄〕 
 選挙王制(16-18世紀)〔分裂、衰退〕 
 ロシア、プロイセン、オーストリア(第2次は不参加)のポーランド分割 
・ 第1次(1772年) 
・ 第2次(1793年):ポーランド人コシューシコが抵抗 
・ 第3次(1795年):ポーランド王国の消滅 

ヨーロッパ諸国の海外進出
16世紀
〔ポルトガル〕
ゴア(インド・香辛料貿易)、マカオ(中国)、平戸(日本) 

〔スペイン〕
マニラ(フィリピン)←アカプルコ貿易(フィリピン~メキシコ) 

17世紀
〔オランダ〕
バタヴィア(ジャワ島) 
アンボイナ事件→イギリスをインドネシアから排除 

〔イギリス〕
マドラス、ボンベイ、カルカッタ(インド) 

〔フランス〕
ポンディシェリ、シャンデルナゴル(インド) 

18世紀:イギリス〔勝〕vs.フランス〔負〕
1757年 プラッシーの戦い:イギリス東インド会社軍(指導者クライヴ)が勝利 

アメリカ大陸の植民地争奪
北アメリカ 
〔フランス〕
ケベック(カナダ東部)、ルイジアナ(ミシシッピ川流域) 

イギリス〔勝〕vs.フランス〔負〕
1702-13年 アン女王戦争(スペイン継承戦争)→1713年 ユトレヒト条約
・ ジブラルタル、ミノルカ島(スペイン領→イギリス領) 
・ ニューファンドランド、アカディア、ハドソン湾(フランス領→イギリス領)
 
1755-63年 フレンチ・インディアン戦争(七年戦争)→1763年 パリ条約) 
・ 北米のフランス領→イギリス領

17~18世紀のヨーロッパ文化
美術
・バロック式:豪華・躍動的 17世紀 ヴェルサイユ宮殿 
・ロココ式:繊細・優美 18世紀 サンスーシ宮殿 

文学
・デフォー(英)『ロビンソン・クルーソー』 

哲学・科学
○ イギリス経験論:フランシス・ベーコン・・・帰納法(実験・観察から法則へ) 
○ デカルト『方法序説』・・・演繹法(法則から真理を証明) 
○ ドイツ観念論:カント 
○ ニュートン(英)・・・万有引力、物理学 

思想
○ 自然法:人類普遍の基本的な法、国家制定法に優先 
・ グロティウス(蘭):国際法の祖、『戦争と平和の法』 
・ ホッブズ(英):社会契約説、自然状態は「万人の万人に対する闘争」 
○ 古典派経済学:自由主義経済、アダム・スミス『諸国民の富』(英) 


オスマン帝国の衰退
1683年 第2次ウィーン包囲→失敗 
1699年 カルロヴィッツ条約:ハンガリー、トランシルヴァニアをオーストリアに割譲 

Ⅰ.タンジマート:アブデュル・メジド1世の近代化改革 
Ⅱ.ミドハト憲法(宰相ミドハト=パシャ)の発布 
→ミドハト憲法の停止
→アブデュル・ハミト2世によるスルタン専制 
Ⅲ.青年トルコ革命→ミドハト憲法の復活 

〔エジプト〕
Ⅰ.ムハンマド・アリーが総督(パシャ)として近代化改革 
Ⅱ.スエズ運河の開通(フランス人レセップスの工事) 
Ⅲ.スエズ運河の株式をイギリスが買収→イギリス支配が進展 
Ⅳ.ウラービーの反乱←イギリスが鎮圧しエジプトを保護国に 

〔アラビア半島〕
 豪族サウード家がワッハーブ派と協力→ワッハーブ王国(後のサウジアラビア王国)

カージャール朝イラン(1796-1925年)
 ロシア、イギリスの支配拡大 
Ⅰ.トルコマンチャーイ条約:ロシアが治外法権を獲得 
Ⅱ.バーブ教徒の反乱 
Ⅲ.タバコ・ボイコット運動:イラン人がイギリスのタバコ専売利権に反発 
Ⅳ.立憲革命←イギリス・ロシアが介入し挫折 

イギリス支配下のインド
・マイソール王国、マラータ同盟、シク教徒を撃破
〔貿易の変化〕
        イギリス        インド
産業革命前 インドから綿織物を輸入    綿工業が発達 
産業革命後 インドに 綿織物を輸出   綿工業が破壊 

〔租税制度〕
・ ザミンダーリー制:地主を納税義務者とする(ベンガル州) 
・ ライヤットワーリー制:耕作者を納税義務者とする(南インド) 

シパーヒー(東インド会社のインド人傭兵)の反乱→鎮圧!! 
1858年 ムガル帝国の滅亡、東インド会社解散→イギリス政府の直接支配に 
1877年 インド帝国の成立(インド皇帝はイギリスのヴィクトリア女王)

3) インド周辺地域の支配 
・ ビルマ(ミャンマー):ビルマ戦争→コンバウン朝を滅ぼす
・ ペナン、マラッカ、シンガポール:海峡植民地(1826年)→マレー連合州(1895年) 
 
東南アジア、中央アジア
1) インドネシア:オランダ 
・強制栽培制度:オランダ人総督ファン=デン=ボス 

2) フィリピン:スペイン領→米西戦争→アメリカ
・アメリカの支配に対しアギナルドの抵抗

3) インドシナ半島(ベトナム、カンボジア、ラオス):フランス領 
・阮朝:阮福暎がベトナムを統一(フランス人宣教師ピニョーの援助) 
1883年 ユエ条約:フランスがベトナムを保護国に 
1884年 清仏戦争:フランス〔勝〕→天津条約:清はフランスのベトナム保護権を承認 
1887年 フランス領インドシナ連邦の成立、後にラオスを保護国に
 
4) タイ:独立国:ラタナコーシン朝(1782年~現在) 
・ ラーマ5世:近代化政策 

中央アジア:ロシア領の拡大 
・ ブハラ・ ヒヴァ・コーカンドのウズベク人の3国がロシアの保護国に 

列強の中国進出
アヘン戦争(1840年)
・白蓮教徒の乱(農民反乱)→清の衰退の始まり 

広州のみが貿易港(1757年~)
公行(特権商人)による貿易独占 
Ⅰ.イギリスは自由貿易を求める(マカートニー、アマーストを派遣) 
Ⅱ.中国のアヘン輸入増、銀の国外流出増 
Ⅲ.林則徐が広州でアヘン密貿易の取締を強化 
Ⅳ.アヘン戦争:イギリス〔勝〕vs.清〔負〕 
南京条約
1) 香港をイギリスに割譲     
2) 上海、寧波、福州、厦門、広州の5港開港 
3) 公行の廃止
4) 賠償金の支払 

虎門寨追加条約:不平等条約
1) イギリスに領事裁判権を認める、関税自主権なし  
2) 片務的最恵国待遇
※望厦条約(米)、黄埔条約(仏) 

アロー戦争(1856)、太平天国、同治の中興
Ⅰ.アロー号事件、フランス人宣教師殺害事件 
Ⅱ.アロー戦争:イギリス・フランス〔勝〕vs.清〔負〕 
→天津条約:清が批准書の交換を拒否→戦争再開→北京条約
1) 外国公使の北京駐在     
2) 天津など11港開港    
3) 外国人の中国旅行の自由 
4) キリスト教の布教の自由 
5) イギリスに九竜半島の南端を割譲 
→清は総理各国事務衙門を設置して外交交渉 

太平天国の乱(1851-64年) 
・洪秀全:拝上帝会(キリスト教的宗教結社)を組織 
・天京(南京)を首都に、「滅満興漢」を主張 
・天朝田畝制度(土地均分)、男女平等、悪習(纏足など)の廃止
・郷勇(曾国藩の湘軍、李鴻章の淮軍)
 常勝軍(ゴードン、ウォードら外国軍)に鎮圧される 

同治の中興(清の平和)
・洋務運動:列強との協調、西欧技術の導入による再建をめざす 
・中体西用:西洋技術を用いつつ中国の皇帝独裁を維持 

明治維新、日清戦争
明治政府の成立(1868年) 
・ ペリーの来航→開国(1854年 日米和親条約、1858年 日米修好通商条約) 
・ 明治維新→明治政府の成立(1868年) 
・ 大日本帝国憲法の発布(1889年)、国会の開設(1890年) 
・ 樺太・千島交換条約(1875年)、琉球領有(清と対立:台湾出兵で琉球GET) 

李氏朝鮮と日清戦争(1894-95年) 
・ 李氏朝鮮(1392-1910年):清が宗主国、鎖国 

1875年 江華島事件:朝鮮〔負〕vs.日本〔勝〕 
1876年 日朝修好条規(日本有利)→釜山など3港開港 

1882年 壬午軍乱:大院君(鎖国派)vs. 閔氏(開国派) 
1884年 甲申政変:閔氏(親清派)vs. 金玉均(親日派) 

1894年 甲午農民戦争(全琫準の東学党)→日清両軍が出兵 
1894年 日清戦争:日本〔勝〕vs. 清〔負〕 
下関条約
1) 朝鮮の独立 
2) 清は日本に遼東半島、台湾、澎湖諸島を割譲
3) 清は日本に賠償金を支払