【フランス革命の背景】
1.アンシャン=レジーム(旧体制)
当時のフランスは
「第一身分:聖職者」「第二身分:貴族」「第三身分:平民」
に分かれていた。
第一身分(聖職者)・第二身分(貴族)のことを特権階級といい、国民のわずか2%にすぎないこの2つの身分が全国の土地の40%を所有し免税の特権までもっていた。
【フランス革命の起こり】
1.政府の財政難
アメリカ独立戦争への協力、王妃マリー=アントワネットによる贅沢。
この二つによって政府の借金はふくらむばかり・・・。
国王ルイ16世はテュルゴー・ネッケルの2人に財政改革をたくす。

2.三部会
ネッケルは特権身分への課税を提案。三部会が開かれる。
しかし、議決方法をめぐり意見が対立。
・第一身分(聖職者:約300人)&第二身分(貴族:約300人)は
 「1身分につき1票の多数決」を主張。
・第三身分(平民:約600人)は
 「1人1票による多数決」を主張。
結局、意見がまとまらない。

3.国民議会…ミラボー・ラファイエット(立憲君主派:フイヤン派)
第三身分の議員は三部会を脱退、独自に国民議会を組織。
平民にも有利な憲法を制定するまで解散しないことを誓う。“テニスコートの誓い”
第一、第二身分からも理解あるものが何人か参加し、憲法作成を開始。

4.バスティーユ牢獄襲撃事件
国王が国民議会を弾圧しようとしたことから、国民が反発。
武器・弾薬を求めてバスティーユ牢獄を襲撃。
国王は民衆の不満の爆発(大反乱)を恐れ、国民議会に政治の権利を分け与える。
政治の主導権が国民議会へ…。

5.国民議会の改革
・封建的身分の有償(お金をはらえば平等になれる)廃止
・『人権宣言』…基本的人権の尊重・主権在民・私有財産の不可侵


【フランス革命の進展】
1.ヴェルサイユ行進
民衆が国王一家をパリ(テュイルリー宮殿)へ連れ帰る。

2.ヴァレンヌ逃亡事件
ルイ16世が王妃マリー=アントワネットの母国オーストリアへ逃亡をはかり、失敗。
→国王の信頼は失墜する。
ルイ16世の身が危ないと感じたオーストリア・プロイセンは共同で革命を威嚇。
『ピルニッツ宣言』

3.立法議会…(穏健共和派:ジロンド派)
憲法を制定(内容は立憲君主制・制限選挙など)した。
中心はジロンド派。過激なジャコバン派もいた。

4.革命戦争の開始
オーストリア・プロイセンに対して宣戦布告。国民の愛国心が高まり、
30万人もの民衆が義勇軍で参加。ラ=マルセイエーズの国歌が生まれる。

5.8月10日事件→国民公会の成立
過激派のジャコバン派が国王一家のいるテュイルリー宮殿を襲撃。国王一家を幽閉する。
男子普通選挙が実施され、国民公会が成立。
国外では、プロイセン・オーストリア連合軍に勝利(ヴァルミーの戦い)。

6.国民公会…(急進共和派:ジャコバン派)
過激派のジャコバン派が中心。
議会の決定でルイ16世、マリー=アントワネットはギロチンで処刑。
これに対し、諸外国が反発。
イギリス(首相:ピット)が中心となり第1回対仏大同盟が結ばれる。


【ジャコバン独裁】
1.ジャコバン派の独裁政治
対仏大同盟により国民は過激派のジャコバン派を支持。公安委員会で、独裁へ…。

2.ジャコバン派の改革
・最高価格令(物価統制)
・封建地代の無償廃止(お金を払わなくても平等になれる)
・革命暦
・メートル法(地球の円周の40000分の1が1m)

3.ロベスピエールの独裁政治
ジャコバン派の指導者マラーが暗殺される。
その後、ロベスピエールが実権を握り、同じジャコバン派のライバルである
ダントン、エベールらを次々と処刑し、独裁へ。急激な改革を次々と続ける。

4.テルミドールの反動
若き指揮官ナポレオンの活躍(イタリア遠征でオーストリアに勝利などなど)で
外国の圧力が弱まる。急激な改革に農民や商人の不満が高まる。
ついに民衆の不満爆発。
テルミドール(7月)に反乱がおこり、ロベスピエールは処刑される。

5.総裁政府
1795年憲法(制限選挙)が制定される。5人の総裁が政治をする総裁政府が成立。


【ナポレオン時代】
ナポレオンはイタリア遠征によって第1回対仏大同盟を粉砕。
そして、イギリスとインドの通商路を絶つためエジプトに遠征。
(このときロゼッタストーンが見つかる→象形文字の解読の糸口になる)

そのころ、またもやイギリス中心で第二回対仏大同盟が成立。
ナポレオンはフランスに帰国し弱腰の総裁政府を倒す(ブリュメール18日のクーデター)。
新憲法を発布して、(3人の統領が政治をする)統領政府を樹立。
ナポレオンは第一統領になる。