1: 無名武将@お腹せっぷく 2007/11/10(土) 15:45:21
戦国代表の毛利元就と三国志代表の諸葛亮
どちらの智謀が優れているか?

2無名武将@お腹せっぷく 2007/11/10(土) 15:47:06
有田中井手の戦い  ○毛利軍1千5百 対 ●武田軍7千 
元就の初陣。 当時の毛利家の領土は3000貫といわれ、
15000石~25000石ぐらいといわれているほど少ないものだった。 

初陣、そして圧倒的劣勢にもかかわらず圧倒的な戦力差を華麗な戦術ではねのけ、
総大将武田元繁を討ち取り軍団を総崩れにさせる。 
元就の天才ぶりはこの時から発揮されていた。 
後世西国の桶狭間と呼ばれる。(状況を考えれば桶狭間以上の大勝利) 


佐東銀山城死守戦  ○毛利尼子連合軍 対 ●大内軍 
有田中井出の戦いで敗れた武田氏が尼子の力を借りようとし、
友田興藤は武田氏の援助を受けて、桜尾城を奪った。 
一方の大内義興は自ら出陣し桜尾城を包囲した。
そして息子の大内義隆と副将・陶興房に銀山城を攻撃させた。 

元就はまだ尼子方の武将だったので、
銀山城を死守するようにと尼子経久に言われていた。 劣勢に陥った尼子武将。 
見かねた元就は軍義で夜襲を提案、
意表をつかれた大内軍は大混乱に陥り城の包囲を解かざるをえなかった。 


吉田郡山城の戦い  ○毛利軍3千 対 ●尼子軍3万  
圧倒的な数の軍勢を率いる尼子軍を巧みな篭城戦でこれを撃退する。 
その後尼子は衰退する。 


折敷畑の戦い  ○毛利軍3千 対  ●陶軍7千 
山に布陣した倍以上の敵軍を下から攻撃し、大将宮川長房を戦死させ完勝を収める。 
地理的にそして兵数的にも不利な状況ながら、
総大将を討ち取るという完勝っぷりは元就、そして息子達の戦上手ぶりが垣間見れる。 


宮尾城攻防戦  ○毛利軍5百 対 ●陶軍1万6千 
圧倒的な敵の大軍の大攻勢に耐え抜き、厳島合戦への足掛かりを作る。 


厳島の戦い  ○毛利軍5千 対 ●陶軍2万5千 
自身の頭脳を駆使して厳島へ上陸した陶軍を壊滅させ、
西国無双と呼ばれた陶晴賢を自刃へ追い込む。 
運だけの桶狭間とは違い、自身の頭脳を駆使した完璧な戦だった。 
この戦だけでも元就の凄さが分かると思う。
この合戦後、元就は戦国随一の勢力になる。 

4無名武将@お腹せっぷく 2007/11/10(土) 15:47:52
元就が上だな
5無名武将@お腹せっぷく 2007/11/10(土) 15:48:13
まあ元就だな
7無名武将@お腹せっぷく 2007/11/10(土) 15:52:41
圧倒的な勢力差があった大内尼子を滅ぼした毛利元就 
魏に勝てなかった諸葛亮
9無名武将@お腹せっぷく 2007/11/10(土) 16:03:43
最後に毛利は日本を統一したしな 
毛利の圧勝だな
14無名武将@お腹せっぷく 2007/11/10(土) 23:22:44
日本と中国では大陸の広さが違うからな・・。 
孔明も統一するのにあまりの広さに先に寿命を迎えた気もする。
17無名武将@お腹せっぷく 2007/11/11(日) 10:19:58
あほや 

二人は身分の違いもあるし、元就の場合は部下の功績が 
依存してくるから8割位の力量と思ったほうがいいのでは。 

孔明は情報に信憑性にかけるからなんとも言えない。 
演義の孔明なら元就の比じゃないのは確かなんだが。
16無名武将@お腹せっぷく 2007/11/11(日) 10:01:32
諸葛は罪人時代に気球を発明したり、十万本の矢を回収したり 
どっちかというと機転が利くほうの天才だろ。 
元就はどうしたら失敗しないかを入念に調査した上で、リスクを 
回避しながら進めていくので天才というよりは、用心深い司馬イタイプ。
20無名武将@お腹せっぷく 2007/11/11(日) 14:44:10
そりゃ演技の話だろ、
実際の孔明はもっと生真面目な理論化肌で機知や機略は得意じゃない。 
内政能史タイプ。
21無名武将@お腹せっぷく 2007/11/11(日) 15:40:03
20の言うとおり孔明は生真面目で機知や機略は得意じゃなかったそうだ 

演義はフィクションが多いからな・・・ 
桃園の儀、空城の計、落鳳破、仲達の凡庸&へたれっぷり 
数えたらきりがない 
まぁ仲達は奥さんに対してはガチでへたれだったが
26無名武将@お腹せっぷく 2007/11/12(月) 18:33:20
今川氏真vs劉禅公嗣 どっちの方が優れているのか?
31無名武将@お腹せっぷく 2007/11/13(火) 17:48:15
劉禅
36無名武将@お腹せっぷく 2007/11/19(月) 08:19:58
元就は超陰謀家、家臣に対しても威徳で制したというより
知略で反乱できない状態に縛った
40無名武将@お腹せっぷく 2007/11/21(水) 19:33:04
三国時代の中国と日本では土壌が違う。そのまま比較する訳にはいかない。 
孔明の様な人材が戦国にいたとして活躍出来るとは限らないし、
元就が古代で通用するかもわからない。
43無名武将@お腹せっぷく 2007/12/09(日) 01:15:29
毛利元就:一地方領主から中国最大の大名へ・銀山を確保・領土維持型
     謀略多様策士・戦上手 

諸葛亮:一在野から丞相へ・益州を確保・領土拡張型
    正当派文官・戦下手 

どちらが優れているかは、その時代に必要とされているかいないかで大きく変わりそうだけれど、個人的には毛利元就の方が上だと思う。
45無名武将@お腹せっぷく 2007/12/09(日) 21:00:21
どうみても孔明。 
わが国びいきもいい加減にしろよ 
たかが狭い日本の2,3県治めたくらいですごい分けないだろ 
家康あたりと比べるならまだしも 
47無名武将@お腹せっぷく 2007/12/11(火) 13:04:47
二、三県といっても確保した人口や生産性は蜀より元就のほうが上。 
元就は100数十万石自分で切り取った、蜀は100万人程度の生産性しかない。 

戦国時代で言えば100万石の実力、
しかも官僚上がりで自分で領土を取ったわけでもない。 
秀吉における三成みたいな立場。
56無名武将@お腹せっぷく 2007/12/18(火) 03:06:38
まあ、元就だな。軍事的功績が違いすぎる 
元就は生涯226戦そのほぼ全てに勝利している
54無名武将@お腹せっぷく 2007/12/12(水) 09:03:51
三国時代の国力 
魏 450万人 呉 250 万人 蜀 100 万人 

55無名武将@お腹せっぷく 2007/12/13(木) 18:40:55
呉が250万人もいたかどうか
59無名武将@お腹せっぷく 2008/01/09(水) 19:22:44
中国全体で800万人は少なすぎるぞ。 
60無名武将@お腹せっぷく 2008/01/13(日) 23:31:13
漢代から比べて急速に人口が減っているのは 
戸籍として把握できる人口が少なかっただけです
61無名武将@お腹せっぷく 2008/02/03(日) 22:50:27
でも、存在が確認できない人から税金はとれんし、兵士にも出来ん。 
生きているけど、国にとっては死者みたいなもん。
64無名武将@お腹せっぷく 2008/03/24(月) 22:40:17
孔明は周りが自国より明らかな強国なのに、常に攻勢。 
人材不足や兵力不足で敗戦しても、 
当時の超大国に侵入を許さず、 あっと言う間に国力を建て直す。 
魏は孔明が生きている内は、兵力では圧倒的なのに、常に防戦一方。 

65無名武将@お腹せっぷく 2008/03/25(火) 14:32:03
そもそも、劉備の時と違って呉が完全な同盟国として機能してるからな 
それは諸葛亮の能力や人としての信頼度によるものだけどさ(劉備や関羽は(ry 

で、優秀な部下たちが周辺の異民族をどうにかしてくれる 
だから、諸葛亮自身が戦う相手にさえ負けなければ蜀が危機に陥ることはないからね 

66無名武将@お腹せっぷく 2008/03/26(水) 21:46:54
元就なんて全部寡兵で戦って大軍を破ってるやん
67無名武将@お腹せっぷく 2008/03/27(木) 22:46:45
寡兵で大軍を破る能力と大軍を運用する能力は別ものでしょ。 
小領主から成り上がる能力と天下統一戦を戦うくらい巨大な国を運営する能力も別。 
片方に秀でていたからといってもう片方ができるわけじゃない。 
そんなに毛利が優れていたならなんで毛利が日本を統一できなかったのかって話。 

毛利狐めが信用できるかって話。魔王信長だって同盟者・配下から裏切られまくった 
挙句死んだし、天下を治められるのは秀吉や家康だってこと。 
三国志で言えば呂布が巨大国家の支配者なんてありえないだろ。
68無名武将@お腹せっぷく 2008/03/28(金) 00:53:32
元就は小領主から中国地方の王者にまで己の器量と才覚のみでのし上がった傑物だし 
その間老年になってしまったから天下をあきらめたが
智謀や知略なら戦国時代随一といってもいい 
若かったら十分天下統一できる器量の一人
69無名武将@お腹せっぷく 2008/03/29(土) 19:13:07
毛利元就の場合多分に地方領主の代表的な域を出なかったので
戦国時代を統一するのは難しい。政治の方も経済音痴だった形跡がある。 

戦術、戦略能力は戦国屈指だけど組織運営能力が今一つ。
70無名武将@お腹せっぷく 2008/03/29(土) 19:54:30
まれに両方の能力を兼ね備えたのもいる。 
曹操なんて小規模も大規模も、内政も外交も戦争もできる完璧超人じゃないか。 
71無名武将@お腹せっぷく 2008/03/30(日) 04:22:44
元就の時代は天下統一時代より一時代前だから天下統一とか言われてもな 
本気で統一を目指したのは信長からでしょ
80無名武将@お腹せっぷく 2008/04/18(金) 12:18:37
元就は片田舎の小領主からのし上がって、
当時日本最大クラスの大名だった大内尼子を滅ぼしたところで寿命が尽きたわけで、 
毛利家は信長包囲網から関ヶ原まで
天下のキャスティングボードを握る存在として君臨し続けることになる。 

信長との比較する場合、能力的要因よりも地理的要因が一番大きい。 
織田家は信長死後に分裂瓦解したが、
毛利家は元就死後も結束して拡大を続けた点を考えると、 
体制作りという点では元就のほうが優れていたとも言える。
81無名武将@お腹せっぷく 2008/04/18(金) 12:23:54
織田も毛利も明治まで残ったな。明治後は貴族として。 
でも毛利の方が織田より裕福に残った。 
諸葛も現代まで残ったが、貴族としてではなく郷族として残った感じかな。
88無名武将@お腹せっぷく 2008/04/18(金) 23:36:02
内政では孔明とか、戦争では元就とかって項目決めて比較した方が良いんじゃね?
97無名武将@お腹せっぷく 2008/04/19(土) 22:11:30
孔明は石田三成タイプで臨機応変な智謀機略タイプじゃないよ 
計数家で行政家 

もともと前提が演技の孔明になってるからおかしいんで 
孔明は陰謀謀略とか得意じゃない生真面目な正統派タイプ
113無名武将@お腹せっぷく 2008/05/05(月) 01:36:29
元就は無能ではないが世界的な名軍師の孔明と比べるのはさすがに無謀だろ
128無名武将@お腹せっぷく 2008/05/06(火) 21:42:37
実際孔明についていえるのは 
1 忠臣だったらしい 
2 劉備亡き後の蜀宰相 
3 中原への志を持ってた 
ぐらいで能力とかは物語での話し
130焚きファイア ◆zk95zEoWWE 2008/05/06(火) 23:54:34
劉備が死ぬ以前は、後方支援ばかりを担当していて、彼の死後、
いきなり不慣れな実戦の指揮や作戦の指導を一手に引き受けることになった孔明に、 
北伐においての軍事的才能の欠如を指摘するのは酷な話かもしれない。 
(まぁ、出だしから早くも才覚を発揮する天才肌に超した事はないかもしれないけど)
131無名武将@お腹せっぷく 2008/05/07(水) 00:08:05
それはちょっと違うと思うな 
軍事的な才能においてそもそも傑出したものを持っていなかったから、
劉備存命中は後方支援にまわっていたのだろう 

そもそも孔明の軍略家の才能にも疑問がある。呉の刑州攻略の際、遠く離れた魏の司馬イに見抜けたことが、孔明には見抜くことが出来なかったんだから 

人の心情を読むという能力に、孔明は少し欠ける面があったんじゃなかろうか?
133無名武将@お腹せっぷく 2008/05/07(水) 01:07:04
正史によると劉備が曹仁に勝った時も
諸葛亮の助言じゃなく劉備の作戦勝ちだったらしい 
赤壁だって殆どが鳳や美周や黄蓋の功績だしな 
つまり 

諸葛亮は軍人じゃなく政治家だと言う事だな
134焚きファイア ◆zk95zEoWWE 2008/05/07(水) 01:12:19
演義で曹仁を破ったのは徐庶じゃなかったっけか? 
その時はまだ諸葛亮は未登場のはず。 

※おっしゃる通り演技で曹仁を破ったのは徐庶です
135無名武将@お腹せっぷく 2008/05/07(水) 01:12:46
別に天下三分の計つったって、
具体的に孔明が何か貢献したり謀略を働いたわけじゃないからな 

政治家と言うか官僚としては優秀だったんだろうな。
能力的なタイプとしてはヒイが近いかも
32無名武将@お腹せっぷく 2007/11/13(火) 17:55:05
まあ、軍略は元就だろうけど 
内政だったら孔明じゃない?